向かい合って、ジャムの下ごしらえ
明日はジャム作りの予定だ。
美味しいジャムを作るには今日中に果物を仕込んでおく必要がある。
果肉だけの状態にして、砂糖をまぶして一日程度置く。
そうしてゆっくり果肉の水分を出したら、さらに砂糖を加えながら鍋でことこと煮ていくのだ。
焦げないように慎重に、とろみがつくくらいまで加熱する。
リリアはちょっと果肉が残っている方が食べ応えがあって好きだ。
煮詰めた果肉は半刻程置いて砂糖を染み渡らせ、仕上げに一度沸騰させて泡を取る。
そうするとなんとも美しい透明なジャムになる。
孤児院時代のジャム作りは重労働だったが、甘酸っぱい香りに癒されたものだ。
リリアがテーブルについて果物の皮を剥いていると大精霊たちも興味深そうに眺めはじめた。
その内やってみたいという意見も出たのでそれぞれに手伝ってもらう。
ウォネロは果物を綺麗に洗い、フォティアは小さい手で皮を剥き、アエラスは果実を仕分ける。
エレスも皮むき担当だ。
偉大な精霊たちと皆でテーブルに着いて、下働きのような事をしているのはなんだか不思議な光景だった。
「本当にさ、王が自分だけのものにするなんて奇妙な事もあるもんだと思ったけどよ」
フォティアがふと、そう切り出した。
話題は先ほどのエレスがスープを分けなかったことだろう。
「だがお前たちも納得しただろう」
ふふんと得意げな精霊王はファイアベリーのヘタを丁寧に取っている。
「ああ、今でもほっぺたが落ちそうだよ」
「あ、あの、それどういう事なの? 王様が独り占めするのって珍しいの?」
また説明がないままになりそうなのでリリアはつい聞いてしまった。
だが精霊達はリリアの疑問に顔を見合わせる。
「……『精霊王』は何にも執着しないんだよ。そういう性質でないと世界を調整することに障りがあるかもしれないからね」
「もし『何か』、もしくは『どこか』を特別気に入ってしまうとそこを贔屓してしまうかもしれないでしょう?」
「そしたらそのまま世界に影響が出ちゃうんだよ! 王様の力ってすっごいから! だからね、王様は『自分の』っていうのを持たないしそういう意識もあんまりないんだよ!」
「あたしら大精霊は割と好みがあったりするもんだけどねぇ。王はそれこそ、場合によっては人と虫の違いも気にしない事があるしさ」
「そういう時もあるが、大体は区別くらいつく」
エレスは不服そうだ。
「区別がついたところで感情は動きませんよね」
ウォネロの指摘についてはその通りだったらしい。
特に不満もなさそうに大人しく口を閉じている。
それでリリアの中で先ほどの食事時のやり取りと繋がった。
何にも執着しないのであればスープを分ける事になんの問題もない。
だがエレスは確かに自分のものだと示した。
「それだけスープを気に入ってくれたんでしょう? 作りがいがあるわよ。ねえ、エレス」
「気に入ったのはスープだけではないがな」
「エレス、食べるの結構好きよね」
リリアがくすくす笑うとエレスは笑顔のまま固まってしまった。
「リリアさん」
ウォネロに呼ばれるて視線を向けると精霊たちがリリアを生ぬるく見つめている。
「精霊王が執着して自分のだと言ってはばからない対象はまだあるんですよ」
「そーそー、王様はどうやら思った以上にご執心なようだね」
それは初耳だった。
「そうなの? 私で用意出来るものならしてあげたいわ。どんなものなの?」