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それぞれの手

「乙女の手は」


と、エレスはまたリリアの手を包み取る。


改めて見ると白くしなやかで傷一つない、芸術品のようなエレスの手に、細かい傷だらけで皮膚の厚い自分の手が収まっているのは居心地が悪かった。

ひっこめようとしたが、リリアの手を包む力は意外な程強く、全く離してくれない。


「リリアのこの小さな手は精霊を喜ばせる料理を作りだす。

……我々精霊は料理や芸術のような、いわゆる創作が大いに苦手だ。普通の精霊にはほぼ出来ないと思ってもらっても良い。種さえあれば何かを育む事は出来る。だが意思による加工や工夫は我々精霊にとって憧憬にあたる行いだ」


「でも精霊の司る自然は素晴らしい情景や奇跡を生み出していると思うわ」


「それは例えば、精霊が歩いたり集まったりした結果にすぎない。むしろ、精霊の気紛れにも美を見出す人間の感性は非常に好ましい」


「そ、そうなの?」


とりあえずいい加減手を離してもらえないかしら。


美丈夫に手を握られて熱っぽく見つめられると、とにかくドキドキして気持ちの座りが悪い。

触れ合いに対する免疫が無さすぎて情けなくなるリリアだ。


「リリアの料理は優しい気持ちに溢れている。誰かの為にと創意工夫した思いやりの気持ちを感じた。私を思い浮かべて作ってくれたのだろう。祈りの想いが伝わってくる」


「何を考えて作っていたのかも分かるの?」


エレスの事を考えて作っていました、と白状したようなものだがリリアは気づかなかった。

勿論、とエレスは肯定する。


「それに食材も大切にしてきたんだろう。料理の全てが喜びに溢れ美しく輝いていた」


うっとりと、エレスは低い声で歌うようにリリアに告げる。

リリアからしてみれば普通の料理だ。

王宮料理人どころか酒場の主が作ったわけでもなんでもない、ただの無加護の小娘の料理だ。

美しく輝いているとすればむしろ目の前のエレス自体だけれど、と訝しむ。


「リリアには見えないかもしれないが、さっきの料理につられてここに精霊が集まろうとしていた。

小さな精霊だったが、もしあのまま食べずに眺めていたら大精霊も来ていたかもしれんな」


エレスの言葉にチクリと胸が痛む。


「……それっておかしいわ」


「何がだ?」


胸の痛みがそのまま口に出てしまった。


「だって私、無加護なのよ?もしエレスの言うように、その、精霊に気に入ってもらえるような料理が作れるのなら、どうして……」


どうして今まで祝福されなかったの?


最後の言葉はトゲだらけで、リリアを傷つけながら喉に詰まって言えなかった。

代わりに目に涙がにじむ。


ずっと加護さえあればと思い続けていた。

辛いのもひどい目にあうのも、精霊に愛されないから、嫌われているから仕方ない仕打ちなのだと。


それなのに今更愛されていると聞かされても全く信じられなかった。


「……そうだな」


エレスは切なく瞬く瞳を伏せ、立ちあがって繋いだ手でリリアを優しく外へ誘導する。

強い力ではなかったが穏やかな春の日差しに誘われるようで抗えない。


泣き顔を見られないようにうつむいて、導かれるままリリアは外に出た。


「精霊は基本的にどこにでもいてどこにもいない。精霊王や大精霊という例外はあるがな」


二人は手を握ったまま森を進む。


「我々精霊は常に微睡んでいるようなものだ。眠りながら時折新しい命の輝きに誘われ、気が向けば祝福をする。

祝福は一度だけ。魂は真っ白な布が染められるように、最初に口づけた精霊の加護を得る」


リリアの気持ちと裏腹に森は心地良かった。

水気を含んだひんやりした空気とちらちらと揺れる暖かな木漏れ日。

ふかふかした土は足を乗せる度に僅かに沈んで身体を受け止めてくれる。

そしてエレスの穏やかで低い声が、風に乗って響いていた。


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