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テゼニランド  作者: スクンビット
1/1

失われた北の地のテーマパーク

 無音のEバスは音もなく停まり、音もなく去っていった。前面のパノラマ席に座っていた少年が、たった一人下車をした”彼”を悲しげな目で見つめ、身を捩りながらいつまでも名残惜しそうに車内から見届けていた。


 本土。


 斧のような形をした半島の一番先端が青森の大間町である。


 大間町の目の前に広がる海ではその昔、天然物のマグロが捕れていたが、海上にプカプカと浮かぶ夥しい数のプラ浮遊物などを見ても分かる通り、ここから北の地までの、今や死の海と化した海域に魚どいるはずもない。


 眼前に展開をする茫洋とした鈍色(にびいろ)をした死の海を見つめ、深く溜息をつく、当麻(とうま)


 海を見渡せるガレ場に立つ当麻の足元に漂着した額縁がコツンと当たった。額縁のガラス面は割れているが、強化プラスチックの枠部分はしっかりと形を残していて、中に収められている白いシートも破れておらず、毛筆で大きく文字が書かれていた。大胆に二文字。


令和


 と書かれている。当麻には何のことやらわかりかねた。元号が廃止になって大分経つし、年齢的に知らなくても無理もないことだろう。


 令和と書かれた左脇に『内閣官房長官 弦勝則』と署名があり、更に小さくゴシック体で『シリアルナンバー10056』とあった。内閣官房長官であった弦勝則が矢部総理の身代わりとなって罪をかぶり切腹自殺をして政権を死守したことも、これまた当麻のうかがい知れない遥か遠い昔の話である。


 当麻は額縁を力任せに沖に向かってぶん投げた。


 額縁は海上に浮遊するゴミとゴミの間に割って落ちて(いびつ)な波紋を描いてみせた。


 額縁と入れ替わるように流れて来たのは、ラミネート加工をしてあるアイドル歌手の写真。顔の部分がちょうど折り曲がってはいたが、金髪頭に京都の舞妓さんが履くような高下駄のような靴を履く彼女は、遥か昔に人気だった女性アイドルグループのセンターだった”ホマキ”こと、穂積薪依(ほづみまきよ)、その人である。


 これまた当然ながら、当麻は彼女の名前も知らないし、彼女が覚せい剤所持で捕まり、服役した後、今では枯れて水の流れない、あの華厳の滝から飛び降り自殺をしたことも、知ったことではなかった。

 

「北の地まで行くには、ここで球船を待てばいいという話だったのに、ゴミしか浮いてねえ・・・」


 あまりの絶望的な目の前の情景に、思わず声を出してしまう、当麻。


 その時、音声合成によって作られた「ポンポンポン」という電子音とともに、球体の船がソロソロと滑って転がるように流れて来た。機敏なジャイロの動作により、その球船は霞んで見えるようだった。目まぐるしく震えるように船体を動かし、恐ろしく律儀に船内の水平を保っているのである。


 海辺のガレ場に佇む当麻の前で、その球船は静止した。


 球体の船体の真中に人の背丈ほどの長方形の切れ込みが入ったかと思うと、ぱっくりと入り口が現れた。中からふんどし姿の背の曲がった老人が出てきた。2月の生暖かい風に、老人の尾てい骨付近のふんどしの結び目の裾がそよいでいる。


「お兄さんよ、北の地に渡るんだか?」


 当麻は寡黙に頷く。それしかここに立っている理由は無いのだから、煩わしい質問なのであった。


「1500sonペイになりやす」


「お爺さん、それちょっと高くない?」


「往復ですがな。新しいEガム投入せにゃならんし、高いことないですがな」


 粘って交渉しても、いいとこ、1250sonペイぐらいだろう。津軽海峡を越えて、北の地まで行ってくれるのは、この爺さんぐらいしか見つかりそうにないので、当麻は渋々、爺さんの言い値を飲むことにした。幸い、sonペイの残高はまだまだ余裕があった。


 球船の爺さんが、右手の人差し指から小指を揃えてし、親指を上にして、手のひらを向ける、いわゆる、ハンドDモーションにすると、ネックバンドから投影された透過ディスプレイが、爺さんの手のひらの中空に映し出された。画面には、1500sonペイの文字と親指のマーク。


 当麻は透過ディスプレイの親指のマークの箇所に親指を押し当てた。静電気の感触とともに、「ピピッ」と音が響き渡ると同時に「ソンペイ!」と、複数人の女性が唱和する短い歌のような音声が賑やかに流れた。


「さぁ、乗っておくんなさいまし」


 当麻は右足から球船に乗り込んだ。


「お爺さんも一緒に乗るの?自動航法だろ?」


「北の地は9Gが入らないんでさ。何かと人手がいるぞな」


 球船は音もなく、揺れもなく、海上を滑るように、舐めるように、おそらく、ハコダテの方に向かって進み出した。

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