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7 親切なオジサマと不審なイケメン

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も私はひとりで奔走していた。

 今日は節約のため馬車も借りておらず、文字通り自分の足で走っている。


「見つからない……」


 本日3件目のアテが外れたところで、げんなりと街角のベンチに腰を下ろした。

 普段なら出向かないような、小さい雑貨店にまで足を伸ばしたのに。どこの店にも、探しているレースと似たようなものは見つけられなかった。

 元々あれは工房に頼んでいた特注品だ。既製品を探したところで都合良く同じようなものがあるわけがない。

 それは百も承知なのだけれど。


「分かってるわよ……でも、何かしら代替えになるようなものを見つけないと……」


 同じものを作って欲しいと工房に頼めば、全て手仕事のレース制作には3週間かかる。日数的にそれでは間に合わない。

 なにせメルトリック・メルトンは10日後に迫っているのだから。

 水の流れを意識した袖のデザインは今更他の形に変更できない。何が何でもイメージに合う素材の幅広レースを見つけなくてはいけないのだ。


 午前中いっぱい走り回って、一縷の望みをかけて普段入らない小さいお店までのぞいて、それでも目的のレースは見つからなかった。

 次に向かうところも分からず、「どうしよう」と「あきらめちゃダメだ」を交互に呟くのが20回目くらいになった頃。

「あの」と後ろから声をかけられた。


「リックコルドン家の、お嬢さんではありませんか?」


 短く髪を切りそろえたしぶいオジサマフェイスが私をのぞき込んでいる。

 高級そうなスーツにネクタイをしめた、知らない紳士だった。


「あ、はい。そうですが……」

「ああ、やはりそうでしたか。オーナーとよく一緒にいらしたお嬢さんだと思いまして。私はそこで服飾雑貨店を営んでおります、ハンスと申します」

「あ、どうもご丁寧に。ヒスイと申します」

「存じ上げておりますよ」


 パパの知り合いだったらしい。

 笑顔で丁寧に挨拶されて、私もぺこりと頭を下げた。


「何かお困りのご様子でしたので、思わずお声がけしてしまいましたが……どうかなさいましたか?」

「え? いえっ、すみません。ちょっと探しものをしていたんですが、見つからなくて休んでいただけです」


 端から見ていてそんなに困った顔をしていたのだろうかと反省しつつ、パタパタと手を振る。

 ハンスが「探しものとは?」と尋ねてきたので、事情を話した。

 パパの知り合いだと言うし、身なりが整っているので信用できると思ったのだ。

 ひとしきり話を聞くと、ハンスは「なるほど」と頷いた。


「お探しの商品はレースですか。確かに、そこまで幅広のチュールレースとなると市販品では難しいかもしれませんね……ご希望の商品があるかどうかは分かりませんが、うちにも手芸用に多少の扱いがありますよ。よかったら店をのぞいていきませんか?」

「本当ですか?!」

「ええ、ほら、そこの店です」


 ハンスの店はパッと見、服飾雑貨店には見えなかった。

 白黒でまとめられたモノトーンのシンプルな建て構え。隣接しているオープンカフェがカジュアルに明るい雰囲気なので対照的だ。

 カフェのテラスでは若い男女が数人、談笑している。


「さあ、遠慮せずにどうぞ」

「ありがとうございます!」


 もしかしたら見つかるかもしれない、という期待と、親切にしてもらえたことがうれしくて、私は一も二もなくハンスの後を追った。

 数段しかない階段を上ったところで、カフェでお茶を囲んでいたカップルの男性と目が合った。


 色の薄いサングラスを少しずらしたすき間から、感じた視線。

 ボーラーハットの下から綺麗な金髪が見えて、見覚えのない人だな、と思う。

 ふいと視線をそらされたが、なんだろう、明らかに私を見ていたよね?


「ヒスイさん、こちらですよ」


 店の扉を開けて待っていてくれたハンスが、私を呼ぶ。


「あ、すみません」


 チリン、と小さなベルの音がして店の戸が閉まった。


 ダークトーンでまとめられた外観と同じく、店の中もシックな大人の雑貨店、といった雰囲気だ。どこかの高級カフェのような内装だった。

 それなのに若者言葉で書かれた説明プレートや、そこかしこに大人向けとは言えないような小物がアンバランスに置かれている。

 今流行の、若者向けクールスタイルってヤツらしい。


 落ち着いたアクセサリーや小物が並ぶ店内には、品物が少ない。

 高級志向を好む人にウケそうなデザインは綺麗だけれど、どこかで見たようなものばかりだった。

 素材も安価なものを使っていて、それなのに市価より高く感じた。商品の品質と不似合いな価格設定と言ってもいい。

 少なくとも薄利多売の方向性ではないようだ。


 店の商品のことはまあ置いておこう。ここは私が口を出すところじゃない。

 レースの棚を教えてもらい、見てみた。でもその中にも、奥から出してきてくれた物にも、目的のものはなかった。

 がっかりした、と顔に書いてあったのだろう。ハンスは申し訳なさそうに言った。


「すみません、せっかくお立ち寄りいただいたのにお力になれず……」

「いえ、そんな。こちらこそすみません、お手間を取らせてしまって」


 慌ててそう返すと、ハンスは突然「そうだ」と手を叩いた。


「私の仕入れ先に手芸と小物専門の大店があるのですが、もしよろしければそちらをご紹介しましょうか?」

「えっ、よろしいんですか?!」

「ええ、何しろレースの種類にかけては王都一だと思います。あぁ、種類は豊富なのですが、数は少なくて一般には販売していないんですよ。特殊な形状のものまで扱っていますから、あそこの店ならきっとあると思います」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「ただ……」


 そこでちょっと言葉を切ると、穏やかな笑顔でハンスは続けた。


「少々事情がありまして、私の一存でお店を教えられないものですから……もしよろしければ、明日の午後にでもまたここに来ていただけませんか? 話は通しておきますので」

「はい、分かりました。明日の午後ですね」

「ええ、アフタヌーンティーの鐘が鳴るあたりに来ていただければ大丈夫です」


 ファッション業界では労働者の為にある午前中の休みを「イレブンジズ 」、午後の休みを「アフタヌーンティー」と呼んでいる。

 要するに、夕方ちょっと前においで、ということだ。


「分かりました!」


 願ってもない申し出だった。これはもしかすると今度こそ見つかるかもしれない。

 商人はそれぞれ細かい方面に得意とする分野がある。レースの取扱いが豊富な店をハンスが知っていたことは、私にとって大ラッキーだった。


「ヒスイさん」


 お礼を言って店を出ようとするところで、ハンスに呼び止められた。


「明日の取引先ですが、私がそこへお連れするということを内緒にしておいてもらえませんか?」

「内緒、ですか……?」

「はい、普段はご紹介することもないお店なので、他の方に知られてしまうと私の商売にとって不都合があるのです。ああ、出来ればお父上にもご内密にお願いします」

「分かりました、大丈夫です。誰にも言いません」


 自分の商売にとってまずいことがあるかもしれないのに、私の力になろうとしてくれるだなんて。

 ハンスさん、なんて良い人なんだろう。

 もう一度丁寧にお礼を言って店を出た。


 外は夕方近くなって冷え込んできていた。

 近道をしようと裏通りに入って、帰り道を急ぐ。


「――ねえ、君ひとり?」


 前触れなく、やんわりとした男声が私を呼び止めた。


「……?」


 今日はよく背後から声をかけられる。

 振り向くと、どこかで見覚えのある男だった。


「あっ」


 さっきカフェで私を見ていた人だ。


 男はサングラスを外すと、ゆっくり私に近付いてきた。

 少し身構えたところで、男の顔立ちがやたら整っていることに気付く。笑顔の周りにキラキラオーラのようなものが飛んでいるじゃないか。

 ちょっとその辺で見ないレベルのイケメン……いや、不審者? イケメンの不審者なんているんだ??

 脳内で少しばかり錯乱した思考が巡る。


「女の子が日暮れ時の裏路地なんか使っちゃダメだなぁ。あっ、もしかして警戒してる? 僕、怪しい者じゃないからね」


 怪しいヤツはみんなそう言うのだ。

 何だろうこれ……もしかしてナンパってやつだろうか。


「君さ、僕のこと知ってる?」

「いえ全然」


 しまった、だんまりでスルーしようと思ったのに即答してしまった。


「そうか。じゃあ是非これから知り合おう。僕は訳あって秘密結社から出張中のスーパーヒーローなのだが、一匹狼で寂しい任務遂行中に君のような可愛い子羊を見つけることが出来て大変うれしい」

「……はあ?」

「僕のことはそうだな、好きに呼んでくれるといい。巷では東西きっての美丈夫と呼ばれ、陰では悪と戦うヒーロー。だがしかし彼女いない歴は半年にも渡るお買い得物件だ。元カノに言われた最後の言葉は『あなたの価値観にはついていけない……』こんな僕とお茶でも如何かな?」

「結構です」


 うん、不審者。イケメンの不審者決定。

 そうでなかったら脳ミソの線がどこか飛んでる異常者。

 もうどっちでもいいから完璧に無視を決めようと視界から男を消し、再び歩き出した。


「んん? もうサヨナラなの? せめてそこまでご一緒しないかい? 僕を連れて行けば護衛として役に立つかもしれないよ?」


 ついて来ようとする気配を感じて私は勢いよく振り返った。

 手のひらを上に向けた形で男に向かって腕を突き出す。


「ん?」

「ついて来ないで! 不審者!」


 放出した魔力と一緒に、私の手のひらから黄色い炎が立ち上った。


「お、おおっ?!」

「悪いけれど、護衛が必要なほど弱くないの」


 フッと炎を消し去ってそう吐き捨てると、私は今度こそスタスタと男の前から立ち去った。

 不審者、関わりになるべからず。


「へえー……強くて可愛いだなんて……最高じゃないかぁ、ヒスイちゃーん」


 はるか背後に遠ざかってから、サングラスをかけ直した男がそんな呟きをもらしたことを、私は知らない。

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