6 負けてたまるか
荒らされた倉庫内の商品は、3分の2程度が完全に使い物にならなくなっていた。
既製品として仕上がっていたドレス、アクセサリー、その他材料としてストックしてあったビジューやレース、リボン等の細かい装飾。
ほとんどがダメだった。
みんなで手分けして片付けて、王都警察が事情を聞きに来て、その日はあっという間に夜になっていった。
家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて、泥のように眠った。
翌朝になっても疲れは取れていなかったけれど、いつまでも寝ているわけにはいかない。
昨日はもう十分泣いて、落ち込んで、怒った。
この大事な時期に従業員のみんなが負ったダメージを回復させるのは、私の役目だ。
「――おはよう!!」
いつもの朝の打ち合わせ。
私は元気すぎる挨拶とともに扉を開け放った。
既に集まっているみんなが、きょとんとした顔を向ける。
「おはようございます」と返してくれたものの、誰も彼もが疲れた顔だ。
「みんな、いつまでも落ち込んでる場合じゃないわ。シャキッと気持ち切り替えていきましょう。今日のスケジュールを大幅に変えるわよ。よく聞いてね」
そう前置きすれば、皆の表情が少し引き締まった。
「女性陣は、明日からのスケジュール調整と衣装の仕上げを進めてちょうだい。男性陣は新しく借りた第3倉庫の隣の倉庫に、第4倉庫から荷物を全て移してもらうわ。別々の場所にあると目が行き届きにくいから、まとめて管理することにしたの。それが終わったら今日は一日、全部の倉庫に交代で見張りに立ってね。明日中には倉庫番をもう少し雇う予定だから、そこまでは悪いけれど通常業務よりも見張りを優先してちょうだい。倉庫内に材料を持ち込んで仕事をするのは構わないから、暖房が必要なら各自で手配して」
一気に説明すれば、「はい」と皆から声があがった。
「ジル、仕上げ用の不足パーツはリストアップできてる?」
「出来てるっすよ、ここに」
ニヤッと笑って差し出された紙を受け取って、目を通す。
やはり細かい装飾に不足品が集中しているようだ。
「リリー」
「はい」
「あなたは今から、私と不足材料の買い出しに行くわよ。手伝ってちょうだい」
「はい、お嬢さま」
昨日人一倍落ち込んでいたリリーが微笑んで頷く。
皆を見回して、私は強気な笑顔で言った。
「さあ皆、くだらない妨害に負けない『ピース』の堅いブランド力を見せつけてあげようじゃないの。今日も一日頑張るわよっ!!」
「「「はいっ」」」
皆の顔に覇気が戻ったのを確認すると、私はリリーを連れて家を出た。
隣を歩くリリーをちらと見ると、心なしかうれしそうな顔をしている。
彼女は私の1つ年上の19歳だ。3年前からうちで働いている。
ベージュ色の髪を後ろでゆるく一本に三つ編みしたシルエットは、おっとりした彼女の雰囲気にとても合っていると思う。
「お嬢さま、ありがとうございます」
目が合うと、リリーは微笑んで言った。
「え、何が?」
「だって、朝集まってきた時、お葬式みたいだったんですもの。お嬢さまのおかげで、皆元気が出ました」
「ああ……そうだったのね。でも当たり前よ。皆に活を入れるのは私の役目でしょ? メルトンも目の前に迫ってるってのに、こんなことで立ち止まってられないもの」
「ふふ、お嬢さまは本当にいつも私達を引っ張っていってくださいますね」
「え、ええ? そうかな?」
そんなことを言われると照れてしまう。
「私なんてデザインのセンス、からっきしじゃない。そりゃ目利きくらいは出来るようになってきたけど、パパみたいに経営がうまいわけでもないし、いつも皆に教えてもらってばかりだし、何にも出来ないし……」
「それは違いますよ、何も出来ないのは私達の方です。私達は確かに特別な技術や才能を持った職人ですけれど、ひとりでは何も動けないんです。お嬢さまがいつも拾い上げてまとめてくださるから、私達は安心して仕事が出来るんですよ」
「そ、そうかな……」
「そうなんですよ。皆お嬢さまには感謝しています」
昨日はこれ以上ないくらい嫌なものを見たけれど、今日のリリーの言葉はそれを吹き飛ばすくらいうれしかった。
役に立ってないんじゃないかと思っていた私にも出来ることがある。
私でも皆を助けてピースを守り立てていける。
そんな自信をもらえた。
「えへへ……うれしいな」
ポリポリと一本指で頬をかいた私を、優しい目のリリーが見ていてくれれば元気は百倍だ。
よし、俄然やる気が湧いてきた!
単純な私は小型馬車を一日チャーターして、材料集めに走り回ることに決めた。
王都広しといえど、服飾系のパーツを取り扱っている老舗は私の脳内にきっちりインプットされている。
目的のものがヒットしそうな店から順番にあたって、足りなかったパーツ類も着々と集まっていった。
一日中探し回って、9割方足りなかったものが揃った。
残るは袖部分に重ねる幅広のごく薄いチュールレースだけだ。
元がオーダーで編んでもらったものだったので、似たものを探すのに一番骨が折れるだろうものが必然的に残ったってところかな。
「今日はお疲れ様リリー、パーツほとんど集まったね。皆喜んでくれるかな」
「ええ、もちろんです。お嬢さまもお疲れでしょう、今日はゆっくりお休みになって下さいね」
リリーと玄関先で別れて、家へ入る。
昨日の疲れにプラスされた今日の疲労がツライ。
でも働いたー! って気がするから、良しとしよう。
「ただいまー」
「ヒスイお嬢さま、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ。お疲れ様です」
針子の女の子たちが玄関ホールに立っていて、そう声をかけてくれる。
「あれ? ふたりともまだ残ってたの?」
「はい、旦那様と奥様がいらっしゃらなかったので、留守を預かっておりました。お昼過ぎに荷物が届きましたので、それをお渡ししてから帰ろうかと」
「荷物が?」
「受け取りにサインだけはしたのですが、高価な物なので納品確認書に署名してすぐにでも送り返して欲しいということでした。こちらに置いてあります」
そう言われて書類部屋に入ると、中央のデスクにそれほど大きくない白木の箱が置かれていた。
二重になった包みをあけてフタを外すと、光沢のある白い布が見える。
「あ」
何か分かった。
私は棚から鑑定用の手袋を取り出してはめると、そっと布を外して目的のものを取り出した。
「まあっ」
「アクアマリンですね!」
針子ふたりがキャーッと華やいだ声をあげる。
私の手の中にある水色の見事な宝石。
しずく型に細かく刻まれたカットが、四方から光を受けて輝いていた。
キャンセルしてくれなんて言われた昨日はどうしようかと思ったけれど、悪いと思ってくれたのかこんなに早く届けてくれるとは。
注文通りの仕上がりにホッとする。
「ちゃんと納品してくれて良かったわ」
主がいないところに納品していってしまうとは随分と雑な扱いだったけれど、昨日の今日で届けてくれたってことは、誠意を見せてくれたと思っていいだろう。
向こうも色々あったみたいだし、文句は言わないでおいてあげようと思う。
箱の中をのぞいて数と形に間違いがないことを確認すると、私は一緒に入っていた納品確認書にさらさらと署名した。
追金が必要なら言って欲しいと書いたお礼の手紙とともに封筒に入れて、封緘を押す。
「これ、帰りに配達人に出していってくれる?」
通いの従業員であるふたりは「分かりました」と快く引き受けて、帰って行った。
私は宝石を金庫にしまうと、ひとり部屋に上がってベッドに転がった。
「お風呂に入らなきゃ……」
でも疲れた。
もう今日はこのまま寝てしまおうか。
明日はまたレース探しだ。
あれがないと、衣装が仕上がらない。
「明日こそは絶対見つけて……」
どの店を当たってみるか考えながらも、意識はまどろんでいった。