1 あなたは敵だから
すべて一人称視点ですが、主人公以外も語ります(割合的に半々くらい)。
よろしくどうぞ (*´∀`*)ノシ
誰だか言ってたわね。
眉間にシワよせてると、そのまま固定されて醜い顔になるって。
でもこっちだって、好きでそんな顔してるわけじゃない。
狭い洞窟内には、煮込んだ野菜と肉の香りが立ちこめていた。
私はぐつぐつと音をたてる鉄鍋の木蓋に手をのばした。持ち上げた蓋をつたって、水滴がしたたり落ちる。
立ち上った湯気は低い天井にたどりつくと、所在なさげに霧散していった。
「意味が分からないわ」
ため息を吐くかわりに呟いた。
火種がなくても燃え続ける魔法の火は、意思の力ひとつで火力調整可能だ。
コトコト煮込んでいたとろ火を消せば、ミッション終了。
本日の夕飯、香味野菜の濃厚シチュー、完成だ。
「意味が、分からないのよ」
もう一度呟いた。
誰か説明して欲しいと思えるくらいには、このシチュエーションは受け入れがたい。
少なくとも今日の天候予報は『王都を中心に一日快晴』だったし、半日で着くはずの隣国に夜になってもたどり着かないなんてことは考えられなかったし、こんな洞窟内に避難して一泊しなければいけない予定もなかった。
そして、もっとも予定外の出来事がこれだ。
「意味が分からないんだけど?!」
3度目の問いは、向かいの人物に向けたものだ。
長身を折り曲げて、携帯用の折りたたみ小椅子に腰を下ろした髪の長い男。
答えろという意図が伝わったのか、私の手元、すなわち鍋を見つめていた男はやっと顔を上げて「ああ」と声をもらした。
「ヒスイさんの作る火が赤でなくて黄色なのは、燃えているのが酸素ではなく光属性を含んだ魔力だからですよ。とても綺麗ですね」
見当違いなセリフを、キラキラした笑顔で放つ。
「そんな説明は求めてないわ! 何でどうしてこんなところにいるのか聞いてるのよ?!」
「それはもしかして、私のことを言っていますか?」
「他に誰がいるのよ?!」
「そこの出入口を塞いでいる、幻獣が」
彼は狭い洞窟の出入口に挟まった、巨大なクリーム色の毛玉を指さして言った。
見張りのために顔が外を向いているので、こちらからはしっぽの生えた毛玉にしか見えないが、この子は私の飼っている幻獣だ。
なにしろ外は氷点下。
突如にして季節外れの猛吹雪。
洞窟に引きこもるにはうってつけの天候なのだ。
「何故こんなところにいるんでしょうね?」
「ルーシーがそこにいなかったら寒いからでしょ?!」
こうして幻獣が穴を塞いでくれてなかったら、いくら火をおこしていても凍死してしまう。だから必然的にルーシーはここに詰め込まれている。
「そうじゃなくて、なんであなたがちゃっかり入ってきてるのか説明してって言ってるの! あと、人の幻獣を勝手に撫でないで!」
「この温かい手触りが気持ち良くて」
「気持ち良かろうが温かろうが、触るな! あと何でここにいるのかの説明!」
感情の乗らない表情のまま、私のルーシーを撫でる手を止めないのは何故か。
まさか好きなのか? そのポーカーフェイスで無類のもふもふ好きなのか?
ありえない。
涼しい顔で目の前に座っているこのいけ好かない男は、ノートバーグ家の長男、ジェイドだ。
歳は24。さらさら長い濃藍色の髪は、ストレートヘアに憧れる私に対するさりげない嫌味ポイント。切れ長の瞳に通った鼻筋。
容姿は悔しいがイケメン。イケメンだ。誰が見てもこの男を不細工だと評する人はいないだろう。それは認める。
でもだまされちゃダメ。この男、性格は最悪なのだ。
いつも私の行く先々に現れて仕事の邪魔をするときてる。
時には仕入れ先の商品を先回りして全部買い占め、時には商談中の客先にあらぬ噂を流し、時には店の従業員としてスパイを送り込み……
日々私の商売を邪魔してくるとんでもないヤツなのだ。
ジェイドは細いクロスタイを留める、翡翠のブローチをそっと指で撫でながら、考え込むような素振りを見せた。
ブローチの中心にはまっている深緑の光沢を放つ宝石。大きさは申し分なく、それを縁取る銀の細工も見事な一級品だ。
いつも身につけているけれど、私の名前と同じ響きの宝石なので、なんとなく気分が悪い。
「説明ですか……外があまりにも寒いので、温かいものを食べに来ました」
考えたようで考えていない答えが、ジェイドから返ってくる。
「理由になってない。これはあなたの食事じゃなくて、私とルーシーのだから」
「困った時はお互い様と言いますし、シェアの精神は大切だと思いますよ」
「万が一に備えて持ってきた貴重な食糧をあなたに振る舞わなきゃいけない義理も義務も私にはないのよっ」
「息もつかずに断るのはあまりにも冷たいのでは」
「何が悲しくて敵相手に愛想振りまかなきゃいけないわけ?!」
「敵だなんて。そんな風に言われると本気で傷つきますね……私はいつもあなただけを見て、こんなにも必死にあなたを追いかけてきたと言うのに」
「え……」
その台詞と憂いを帯びた銀色の瞳に、少しだけどきりとする。
悩ましい風に額に手をそえた彼は、そっと息を吐いた。
こんなところまで私を追いかけて……わざわざ街から? まさかジェイド……
「山間であなたの気配を追えなくなってしまったときは、少し焦りました。方向感覚を狂わす妖精のいたずらだと気付き、追い払おうとしたところまでは良かったのですが……魔物撃退用激辛爆弾を投げ込んだら、氷の魔物が群れていたところをどうも刺激してしまったようで――」
「この局地的吹雪、あんたのせいか!!!」
どうりでおかしいと思った! 魔物吹雪かこれ!!
「そうまでして追ってきたことに感動してはもらえないのですか?」
「世間ではそれをストーカーと呼ぶのよ!!」
「せっかく次の商談も失敗するように手を回そうと思ったのに」
「しかもまた邪魔する気で追いかけてきてた?!」
ジェイドの家も私の家も、古くから王都で大店を構えている商家だ。
私の家、リックコルドン家が展開するブランド『ピース』。
ジェイドの家、ノースバーグ家が展開するブランド『ブランズハック』。
貴族向けの服飾品メーカーはいくつかあるものの、他の追随を許さない王都ブランドと言えばこの二強!
すなわち私達は商売敵!!
一人娘で跡取りの私と、同じく長男のジェイドは生まれた時から因縁のライバルなのだ。
「あなた魔法の腕も学歴もトップクラスなんだから、店継ぐのなんかやめてお城務めすればいいじゃない。給料良いし福利厚生整ってるし、王都大出ならエリートコースまっしぐらで言うことないでしょ?!」
そう、我がライバルは王都一の秀才大学を昨年、首席で卒業した男だ。
それだけでも存在が嫌味なのに、商家の出にしては珍しく、生活魔法レベルでない高度な特殊魔法を扱える人間だったりもする。
天は二物を与えず? あれはウソだ。
神様は不公平で、与える人には二物も三物も与えるとこの男が証明している。
魔法が使えない人も多い世の中、特殊魔法まで使える魔法使いはどこに行っても食いっぱぐれがなく、優遇されていた。それに学歴が加われば無敵。自分で苦労して商売なんかやらなくても、ラクして高給取りの仲間入りが出来るはずなのに……
もういっそ商売を辞めて、城の上級官僚にでもなってしまえ!
「そう言うヒスイさんも、第2階層じゃないですか」
何を隠そう私も4段階評価される魔法使いの中で、上から2番目の『第2階層』と呼ばれるところに分類されている。
学歴はないけれど一般市民としてはすごいんだなこれがっ!
でも魔法を使う能力があることは、私の人生において重要じゃない。
なぜなら、商売とは全く関係がないからだ。
「私は商売に生きたいの! 商人が好きなの!」
「私も商人が好きですよ。さらに言うのなら、魔法士達の野蛮な戦闘は好きじゃありません」
「ブランズハックが廃業すればいいのに。そうすれば私のピースが消費者独り占め出来るのに」
「私の話、聞いていましたか?」
「廃業すればいいのに」
「ヒスイさんがこの先も商売を続けていくには、うちが廃業する以外にも選択肢があると思いますが」
「あなたの妨害のせいでうちの売り上げが落ちてるんでしょうが! 責任取ってよね?!」
「責任ですか……良いですよ」
そう言うと、ジェイドは真剣な目で私を見つめた。
「ヒスイさん」
「な、なによ……」
「結婚しましょう」
「軽い!!」
「責任を取れと……」
「そういう意味じゃない!! 大体なんの責任よそれ?!」
「良い考えかと思ったのですが」
このイケメン、さらりと何を言い出すかと思えば。
生まれて17年、ボーイフレンドの1人もいたことがない恋愛スキル底辺の私に、そういう冗談はキツい。
心臓が変な音立ててるじゃない! 乙女の純情なんだと思ってんの?!
「ヒスイさん」
「何よ?!」
「シチュー、食べませんか? 出来上がったように見えるのですが」
「だからなんで私があなたに食糧を提供しないといけないんですかね?!」
噛みつかんが勢いで断ろうとしたら、ジェイドは手持ちの荷物から綺麗な包みをふたつ取り出した。
ひとつを自分の膝に置き、もうひとつを笑顔で私に差し出す。
思わず受け取ってしまってから包みを開くと、中からは丸い大きめのパンが出て来た。
「食べましょう。お腹が空くと余計に体温が落ちますから」
「……わ、分かったわよ……仕方ないわね」
物々交換。それならば変に引け目を感じたり、恩を着せるようなことはしなくて済む。
何しろ相手は敵。この男は私の敵なのだ。
ジェイドは私が差し出した木の器を手にとって、「いただきます」と微笑んだ。無駄にキラキラしていて腹立たしい。
私も「いただきます」と、熱いシチューにちぎったパンを落とした。シチューの染み込んだパンをスプーンですくい上げて、口に入れる。
冷えていた胃に落ちてきた食べ物が、芯から体を温めていくのが分かった。
どんな場所でもいつでも、こうして温かい食べ物を口にしていると、これから少しの時間を生きる、糧をもらえた気分になる。
そういうことを感じられる一時は大切だ。
私はうちの商品が、こんな温かいシチューのような存在であって欲しいと思っている。
うちのブランドはちょっぴり高価で、食べ物に例えるなら嗜好品の部類に入るだろうから、シチューと言ってしまうのは違うのかもしれないけれど。
私達の売るものが明日を生きるための糧になって欲しい。その人の人生を彩れるような楽しみであって欲しい。
願わくばそんな商品を売っていきたい。
私はそんな思いとともに、この仕事に誇りを持っている。
「美味しい。君の家の商品と、どこか似ていますね」
食べながら口元に笑みを浮かべたジェイドが、突然そんなことを呟いた。
食べる手が完全に止まる程度には驚いた。
だってそれは、私からすると最上の褒め言葉で。
まさかこの男からそんな台詞が聞けるなんて、思っていなかったから。
「な、何言ってるの? シチューと、服飾品が似ているわけないじゃ、ない」
平静を装いながら動揺のにじみ出た声で答える。
「そうですか? とても丁寧に計算されて作られているのに、素朴で温かい。過剰に飾り立てず、シンプルを極めた美しさだ。根本がとても似ていますよ、ピースの商品と」
「ほ、褒めすぎよ……」
敵のくせに、と最後に呟いた小声を聞きもらさず、ジェイドはくすりと笑ってシチューを食べ続けた。
胸の辺りがぽかぽかと温かいのは、シチューのせいだ。
それ以外の原因なんてない。あるわけがない。
なんだかいたたまれなくなって、シチューの入った鍋を毛玉の方に置くと「ルーシー、ルーシー」と相棒の幻獣を呼んだ。
もそもそと毛玉が半回転すると、雪にまみれた三角の耳がピンと立ち、金色の三日月を浮かべた瞳がぱちぱちと瞬く。
シチューを見つけたルーシーはまだ熱い鍋に顔を突っ込むと、あっという間に平らげた。
熱さにも寒さにも強すぎる幻獣の食べっぷりは、いつ見てもすごい。
感心するように見ていたジェイドが、手を伸ばして耳の後ろを撫ではじめた。
ゴロゴロとルーシーがのどを鳴らす。喜ぶ毛玉に手を突っ込んだまま、ジェイドも満足そうな顔をしていた。
ああ……やっぱり好きなんだ、もふもふ……
意外だ。
外の吹雪は、まだ収まりそうになかった。
はじめましての方もそうでない方もいらっしゃいませ。
本作、あったかもふゆ企画作品ですが、あったかいのともふはメインになっていませんのでご注意ください(やらかしてる)。
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