第6章 競馬狂の詩 11
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 欲望の渦の中で その5
「必ず殺してあげますよ、あんたを」
低く呟いたチャンゴの声がいつまでも耳の奥にこびりついていた。
そうか、そんな風に思っている訳か。きっと本気なのだろう。考えてみたらそれもしょうがないと思う。何せ俺はチャンゴが愛するカオリの元彼であり、彼女が愛する父親を殺した男なのだ……ふと、どうせ殺されるのならあいつの手で命を落とすのも悪くない……そんな風にも思えた。
だが、それは今じゃない。
いずれ必ず会いに行こう。
今度の仕事が無事に終わりさえすれば……。
チャンゴからの電話の後、俺は放心したようにベッドの上でじっと天井を眺めていた。
「ねえ、何を考えているの?」
仕事から戻った優香が声をかけてきた。
「ああ。優香。実は俺、言わなければいけないことがあるんだ」
「え、何」
優香は背中を向けて部屋着に着替えていた。
「あさってから、ちょっと出張に行くことになったんだ」
「どこに行くの」
「割と近いんだけどさ、山の中なんだ。別荘みたいなところに大勢集まってさ。カンヅメになって研修を受けるんだ」
「ああテレビで観たことある。営業力をつけるための合宿ね。他人の家のトイレ掃除とかやらされるアレだ」
着替えを終えて優香はベッドの横の椅子に座り込んだ。
「そうアレ。街頭で大声を出して辱めを受けたりするやつ」
俺は優香の方へ身体を向けた。
「探偵さんが何で? 営業の仕事ならわかるけど」
「ああ。今時の探偵は営業力が大事なんだよ。営業っていうのは商品を売るだけじゃなくてさ、客の心に深く入り込むことが大事なんだ。人様の秘密を探る仕事だからなおさらなんだ」
「ふーん……」優香は俺の顔をじっと睨むように見つめてきた。
「な、なんだよ」気まずくなる。
「嘘が下手ね。そんなんで探偵なんか務まるのかな……」
「なんで嘘だとわかる?」
優香は微笑んだ。あ、しまった……これはヤバイ。嘘と認めたようなものだ。
「ほうら引っかかった。これくらいのカマかけに正直に反応するようじゃ、まだまだね」
「くっそ。ぐうの音も出ないよ。なんで嘘だってわかった」
「嘘をついてる時のあなたはね、鼻の穴がひくひくするのよ」といって優香は、俺の鼻の頭を中指でデコピンした。
「いってええ。何すんねん」
「あの岩元っておじさんも絡んでるんでしょ? どこへ行くの。正直に言え。でないとコロスよ」
本日、二回目の殺人予告いただきましたあ!
俺は正直に、事のあらましを優香に話した。
「そんな危険なこと。やめて」
やはり優香はそう言った。俺のようなど素人が顔を突っ込んでどうなるというような問題ではない。警察や司法当局に任せろと。
ごもっともだ。だが俺は首を横に振った。
「俺のような日陰者が生きるにはこれくらいがちょうどいいんだ。帳尻合わせじゃないけど、少しは世の中のため困っている人のために働きたいんだ」
「そんなことして何になるの。だれも褒めてなんかくれない。たとえ褒められたって、罪が消える訳でも軽くなる訳でもないんだよ」
わかってるさそんなこと。当たり前のことだ。でも、俺の心はどうしようもなく何かに駆り立てられてしまったんだ。今これをやらなければ、きっと死ぬほど後悔することになる。
そう気づかされたのは、チャンゴからの電話のせいかも知れない……。
続く




