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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第6章  競馬狂の詩 9

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」

(2) 欲望の渦の中で  その3



I市の埠頭で発見されたのは、古林 茂(無職67歳)という老人だった。半年ほど前に『道場』へ入会し、そのあとすぐに出家信者となっていた。家族からの捜索願いは3月ほど前から出されていた。もちろん『道場』は一切の関与を否定している。

 死因は薬物中毒によるものだった。興奮剤として脳に直接作用する劇薬が投与されたようだった。他にも全身に体罰(というよりは拷問)を受けたとみられる酷い傷跡が散見された。しかも身体は痩せ細っていて、食物を充分に与えられていないことが窺われた。

 不思議なのは、なぜ『道場』はこの老人の遺棄死体を世間にさらすような真似をしたのか、とういうことだ。おそらくは『道場』の力を世間に知らしめ、反乱分子を抑制する狙いなのではないか。あるいはもしかすると『道場』の中では、急進派と保守派といった派閥があって対立構造があるのかもしれない。

 ここまでの情報は、岡林が特別なコネで得たものだった。

 他にも道場関係者による強圧的な勧誘や誘拐まがいの会員集めが各地で多発し、社会問題となっていた。

 それでも競馬界公認の施設内で大々的に宣伝、布教活動を行っているのは不思議だった。競馬会が黙認しているところを見ると、何らかの弱みを握られているか、さもなければよほどのコネクションがあるようだ。

 今や『道場』は、飛ぶ鳥落とす勢いとなっていた。

 否が応でも危機感は高まっていった。これほどまでに強大になりつつある組織を、俺ごときが潜入したところで、果たして打ち破ることなど出来るのだろうか。

 重要な作戦を目前に控え、やってやると意気込む半面、弱気の虫も時おり顔を出した。


 その夜、優香が勤める「ルージュ」へと足を運んだ。岩元鉄三郎も同伴だ。

「いらっしゃいませえ」

 優香は俺を見て嬉しそうな笑顔を見せた。千尋ママもある意味魅力的な崩れた笑顔を見せてくれた。もうひとり、初顔のミチルさんがいた。どこからどう見てもきりりと引き締まった容貌は、男の俺でも惚れ惚れするような男らしい女性だった。

「ママ、この前はごめんネ。これ」

 鉄三郎は1万円札を差し出した。岡林からの支度金の一部だ。もちろん俺がそうしろと指図したからだ。

「あらあ、この前は大変だったわねえ。もうお体はよろしいの? じゃあ、これでいいワ。まけとくわネ」

 千尋ママはちゃっかりしていた。

 それから彼女らを話し相手にしながら、俺と鉄三郎はマイクを持ってカラオケを歌った。鉄三郎は下手くそながらも心に響く軍歌ばかりを歌った。

『同期の桜』『さらばラバウルよ』『月月火水木金金(海軍の歌)』『異国の丘』などを聞いているうちに、俺は不覚にも涙を流した。日本のため、家族や仲間のため、文字通り命を賭けて戦いに挑んだ兵隊たちの歌は、これから新たな闘いに挑む俺の心にずしんと響いてきたのだ。

 ミチルさんも引きずられるように『誰が故郷を想わざる』など、古くて渋い歌を披露し参戦してきた。よくもまあ知っているものだ。直立姿勢で歌うその姿と歌の上手さに、俺はまたぐっときた。

 優香が俺の横に来てぽつりと言った。

「アナタの夢の中で、アタシ生きてゆけるかしら」

 何も答えられなかった。

 そして俺は泣きながら浜省を歌った。


 

  続く

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