第6章 競馬狂の詩 5
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 親父の狂言 その5
優香の店で倒れ救急車で運ばれた親父だ。確か『岩元』といった。新聞とにらめっこしながら必死にマークシートを塗っている。
どう見ても勝っている雰囲気ではない。イライラしながら身体を時おり震わせている。
「あの、岩元さんですよね」声を掛けた。
「なんだよ」ふり返り、ぎろりと目を大きく開けて俺を見た。
「一昨日の夜、『ルージュ』って店で倒れたでしょう」
「だ、だからなんだよ。大したことなかったからすぐに救急車降りて」
岩元は俺のすぐ横にいるウサミを見てぎょっとした。「やべッ」
さっと踵を返すと、いきなり走り出した。「にょほほほおお」変な声を発しながら混雑する中を駆け抜けて行った。
「おい、なぜ逃げる。こら、待て」俺たちは岩本を追いかけた。
すみません、ごめんなさい、ぶつかった人々に謝りながらどこまでも追いかけた。
ウインズを出ると俺たちは二手に分かれて追いかけた。ようやく挟みうちにして捕まえるとこに成功した。
「はあ、はあ、は。おいこら。なぜ逃げるんだ」岩元の首根っこを掴んだ。
「す、すみません。飲み代は今度必ず……」
「え?」
「あの晩、持ちあわせがなくて」
何? ははあ。読めてきた。どうやらこの男は飲み代を払わずに済むようにひと芝居を打ったということのようだ。
俺は話を合わせることにした。
「おい。こんなことしてただで済むと思ってるのか。俺はあの店の用心棒だ。あんたを待ち伏せしてたんだ」
「すみません、すみません。許してください。今はこれしかなくて」
岩元は土下座をしながら財布から1500円を取り出した。
「ち、しけてやがるな。こんなんで済むと思ってるのか。おい、免許証か保険証を出せ」
「ええ! それだけは……ご勘弁を」そこにウサミさんがタイミングよく、拳骨を張り上げるポーズを取った。こういったところは割と頭が働くようだ。
「ひいい。ごめんなさい。こ、これ。免許証です」
奪い取った。『岩元鉄三郎 昭和29年生まれ……住所……』確かに本人のだ。
「あのう。お返しいただけませんか」
「返して欲しかったらな、俺たちに協力しろ。いいか、まずなぜあの競馬道場のチラシを持っていた。お前も入会したのか」
「いや。俺はまだ入ってはいない。ただ、競馬でここんとこヤバいくらい蓄えを溶かしちまって。女房にこてんぱんにやられてな。入会したことにして追求から逃れようと考えて」
「狂言を仕組んだのか。一昨日の晩のアレは? どうやった」
「ああ。俺は昔これでも役者を目指して劇団にいたことがあんだよ。噂に聞いてた薬物疑惑を利用して飲み代を……」
「救急隊員をどうやってごまかした」
「なんてことねえよ。家の近くに来たころを見計らって、急に良くなった大丈夫だっつって隙見て逃げるだけよ。あいつらも忙しいから追っては来ねえ」
とんでもない奴だ。こいつは常習犯だろう。
だが、ちょうどいい。こいつを利用してあの団体を探ってみるか。
「なあ、岩元さんよ。免許証を返して欲しかったら俺たちに協力してくれないか。成功したら多少のお礼も出すよ」
「な、何をしろ??」
「なあに。誰にでもできる簡単なお仕事さ」
俺は誰かが言ったようなセリフを吐いた。
続く




