第2章 逃亡者の休息 7
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
第9回
(6) 呪縛
「ああプロの方でしたか。すみません『ゴルゴ13』はあちらの棚です」
とにかくめんどくさいことには関わりたくなかった。笑って済ませてくれたらそれでいい。バシ男を嫌っているパラダイスの連中といい、絡まれるのはもう、うんざりだ。
ところが、ミウラと名乗った男はじっと俺を見てうすら笑いを浮かべていた。
「なるほどねえ。何もかもが嫌に……やばい呪縛からは逃れられないってところやな」
「そ、そんなこと……なんであんたにわかる?」俺は図星を突かれ、背筋が寒くなった。
「人間なんて、どうせ飯食ってクソをして、いつかは死んで終わりだ。どうせあんたも勝手気ままにこれまで生きて来たんだろ? なあ。だから今死ぬほど弱っている」
「そんなこと、あんたに関係ないだろうが」
「だからさ、好きに生きて来たんだから、死ぬことも好きに選んでみたら……」
「冗談じゃない。俺の勝手だッ」
「ふふ。まあいいさ。ワイが必要になったら声を掛けてくれ。ワイはいつでもここにいるぜ」
言い残すとミウラは『ゴルゴ13』の棚へと移って行った。
「うさんくさい奴……死神を気取ってでもいるのか?」
俺は手塚治虫の『ブッダ』を5冊抱えて急いで自分の部屋へと戻った。
翌日、俺はどうにも抑えがたい衝動にかられて、抜け抜けとまたC図書館へと出向いた。だからといってカオリにちょっかい出そうなどとは思っていない。約束の本を読みたいのもあったが、やはりカオリの顔が見たかった。つまり会いたかったんだ。
「はい『深い闇のシルエット』です。ちょうど戻ったところを押さえて置きました!」カオリは相変わらず可愛らしい笑顔で俺に本を渡してくれた。「次に予約の方には内緒ですから」舌を出して小声で言った。
もちろんそれ以上のカオリとの接触は避けた。
とにかく、ここは静かな場所だ。カオリも忙しそうだったし、例のポマードの眼も光っていた。見苦しい奴め。
だが、もしもこいつが俺とカオリの秘密を知ったとしたら……おぞましい。考えたくもないことだ。
それからは俺は静かに読書に励んだ。なかなか期待通りの面白い小説だった。
読み終わる頃には外はどっぷりと暗くなっていた。時計を見ると、午後8時を過ぎていた。ふと、まわりを見渡すと、館内には誰もいない様子だった。
(おかしい。カオリの姿がない。そういえばポマードのヤツも……)
俺は不審に思った。だが、閉館時間を過ぎているのも事実だ。誰もいない受付カウンターに『深い闇のシルエット』を置いて図書館を出ようとした。
「きゃああッ!」
その時だ、女の悲鳴のような声が聞こえてきた。2階の事務室の方からだった。
俺は階段を上り、声が漏れるドアに聞き耳を立てた。
(いい加減にして。もう、あなたには……い、嫌あああああ!!!)
カオリの声だ!!
次の瞬間、迷うことなく俺はドアをけ破っていた。
続く




