第5章 夜に舞う華 16
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 罪と罰 その8
「ふざけんな。いいか、あんたには支払い義務がある。ここまでの解決料とアドバイザー料で100万上乗せな。払うまで死ぬんじゃねえぞ。契約違反だ。どこまでも追いかけるからな」
ひとしきり泣きはらした蓮子は、いつしか気を失ったように倒れ込んだ。かなり衰弱しているようだ。
「いいおっぱいだな」
岡林は仰向けで露わになった連子の胸に注目した。
「ええ。いいおっぱいです……いやそんなことよりも早く救急車を」
俺は蓮子の体を包むように毛布を掛け直した。電気も止まっているせいで暖房はない。ドアは壊れて開けっぱなしだ。毛布をまとっていたとはいえ、もっと早く半裸の彼女に気遣うべきだった。
「まあ、もう少し待て」
岡林はそう言って風呂場へと向かった。
「こりゃあ酷いな。あーあ。浴槽の中にいろいろ捨ててあるよ。免許証に保険証、バッグ、写真……墓場のつもりなのか。無意識の割には用意周到だな。包丁が胸にぶっすりか。失血死? いや待てよ。ははあ……この腕の注射跡」
岡林は浴槽に手を突っ込んで調べ始めた。おぞましい。おれにはとても無理だ。
「それはなんですかいったい?」訊かずには居られなかった。
「覚せい剤だろうな。おそらく、連子の体にもあるんじゃないのか。見えないどこかに」
「ええ?」
「めんどくせえことになったな。これは厄介なことになるぞ。あの冷飯ホテルにまあたお泊まりか……くそ、予定してなかったぜ。まあよし、お前先帰れ」
「え? いや、自分が請け負った仕事です。帰りませんよ」
「馬鹿野郎! おめえはただでさえマークされてんだ。そこんとこよく考えろよ。まあ、どっちにしろ『自殺』でカタがつくさ。心配すんな」
「でも。だったら最後までいさせてください」
岡林はひとつため息をついた。
「いいか、こういうのに俺は慣れてっから。なにせ18人も殺してるんだ」
「またまたご冗談を」
「ふん。若い頃嵌まっちまってな。アフガンで兵隊ごっこに参加したのよ」
「え、ホントなんですか?」
「脳みそ飛び出た死体の山をくぐり抜けてな……いや止めておこう。とにかく帰れ。ここは俺が何とかする」
「ええ……でも」
岡林は風呂場の周囲を調べながら、しみじみと言った。
「しかし、男と女ってのはくだらねえなあ。好きだ嫌いだ、罪だの罰だの、メンドくせえこと考えるからドつぼに嵌るんだ」
「そうなんですか」
「いいか、生きるっていうのは恥をさらすことだ。間違えるな」
「はあ……」
岡林の背中が一瞬山のように大きく見えた。
「それからな」
「はい」
岡林は後ろ向きで部屋の中を調べながら言った。
「試験は合格だ……よくやった」
「あ、はいッ」
俺は部屋を出た。壊れた玄関ドアが閉まりにくかったが、これ以上部屋の中が冷えないように思い切り引っ張って何とか閉めることに成功した。
振り返ると、古いアパートが何でもないかのような顔をしてただ建っていた。
俺は蓮子と源の数奇な運命、そして昏い絆を、自分と優香に重ねていた。
俺たちには、明るい未来も昼間の太陽を浴びるような陽気な暮らしもない。
暗い裏街道を、闇の中を、夜の道を、うごめくように舞う一対の華なのだ……。
それから五日間、岡林は警察署にお泊りとなった。
続く




