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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第5章  夜に舞う華 15

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


(2) 罪と罰  その7



「わたしは源ちゃんに殺されたいと思ってここに来たんです……」

 蓮子の眼からひとすじ水が流れ落ちた。

「なんでそんなことを……で、源はいったいどこにいるんだ?」

「本当に死にたかったんです。お姉ちゃんをあんな目に遭わせて、自分だけ生きていたくなかった」

「そんなこと……もうとっくに済んだことだろう。20年も前の話しだ。忘れちまえ」

 岡林の投げかけに、蓮子は首を横に振るばかりだった。

「忘れられる訳がない。お姉ちゃんは地獄の苦しみを味わって死んだの。わたしのせいで……源ちゃんも死ぬほど苦しんだの。わたしのせいで」

「あんただって充分苦しんだだろう?」

「ううん。わたしはただほくそ笑んでいたのよ。あんなやつ死ねばいいって思ってた。どうしようもない馬鹿だから」

「まあ、そうだとしても罪の意識を持ちながら、姉貴の分も生きることだってひとつの償いだろう」

 蓮子は大きなため息をついた。俺はさっきまでの死にそうだった状態から、早く病院に運んだ方がいいのではないかと考えていた。だがそうすると、気になる話の先を聞けなくなる。そして警察が絡めば、俺たちだってきっと危ういのではないか? 今の俺はただ、岡林の豊富な経験(?)に頼り切るしかなかった。


 少し落ち着いた蓮子が話し始めた。

「わたしは源ちゃんに殺してくださいってお願いしたの。その役目はあなたしかいないって。そしたら源もわたしに、馬鹿いうな。蓮子こそ俺を殺してくれって言ったの。だからね……わたしと源は、いつしかゲームを始めたの。幼稚で、馬鹿で、間抜けな命のゲームを」

「なんだそりゃ?」

「毎日、帰ってくるたびにどちらかが罠を仕掛けるの。自分が殺されるように仕掛けるの。ある時は調味料の容器にくだいた睡眠薬を入れて、ご飯かけるように仕向けたり、ある時はドアを開けたら首に巻きつけたヒモが締まるように細工したり、バナナの皮を置いて滑った途端に頭を打つ仕組みだったり。馬鹿みたいに競い合って、そして生傷が絶えなかった」

「何やってんだよ。そんなら、いっそ二人で心中しようとは思わなかったのか」

「それは絶対ない。わたしは源ちゃんに絶対に生きていて欲しかったし、源ちゃんも同じことを思ってたから」

「なんだよそりゃ。馬鹿まる出しだな。それで?」

「ある時、源ちゃんは完ぺきな仕掛けを思い付いたの。わたしが帰って来たとき、源ちゃんはお風呂に入ってた。わたしの気配に気づくと、湯船からおい背中を流してくれないかって声がして……」

 蓮子の声が詰まった。

「そしたら?」

「わたし、何も考えずにお風呂のドアを開けたの。そしたらその途端に、細い紐がぷつりと切れて、括りつけられてた包丁が天井から源ちゃんの胸目がけて跳んでった。ぶっすりと突き刺さったの。わたし、怖くて固まってしまって。悲鳴を上げた。でも源ちゃんは笑ってた。これでゲームは俺の勝ちだな……て」

「おい、すぐ風呂場を調べろ!」

「はい」俺は岡林の指示に従って移動し、風呂の扉を開けた。

「源が浴槽に沈むと……風呂の蓋がぱたんと閉じて……それからもうわたしには記憶がないの。ごめんなさい……ごめんなさい」

 俺は夢中で浴槽の上のがらくたややゴミどもを投げ飛ばした。胸が張り裂けそうだったし、呼吸が困難になるほどに心臓が激しく鼓動した。ひいいと、声にならないような悲鳴を上げながら作業を続けた。

「気がついたら……わたしは源ちゃんだった。たぶんわたしは、一週間前の源になっていた。今から思うとなり切っていたのかな……何もかもが、世の中の全てが反転したかのような気持ちに駆られて。自分が、源ちゃんが、ここにいないことがやたら不思議に思えて。いつの間にか……探偵事務所へ。ちょうど勤めていた施設までの通り道にあったから覚えていて」

「おい、どうだ。風呂場は」岡林がせっついてくる。ようやく浴槽の上に積み上げられた物をどけて、恐る恐るフタを開けてみた。

「わわあ。これは……ヤバいです。男の死体が……ゲェェ」俺は胃の中の物を戻しそうになった。

 浴槽の中には若い男の死骸が横たわっていた。中の水はどす黒く濁って澱んでいた。

「それから、わたし。何もしないでいた。頭の中が空っぽになったみたいだった。それから一週間が経った時、急にめまいがして倒れて、ああ死ぬんだなって思った。そう、源にふたたび死が訪れたの。これでようやく死ねるんだって、わたしはようやくわたしに戻ってそう思った」

「それで死後硬直みたいになってここで……くたばる寸前だったんだな」

「そうよ。なんであなたたちはここに? 源の居場所も突き止められなかったのに……」

「そいつは悪かったな。でもこれであんたも安心しただろ。俺たちに話して知ってもらうことで、あんたの魂は救われたんだよ」

「そ、そんな。そんなことない。わたしには生きている意味なんか……資格なんか、ある訳がない。今も心が張り裂けそうだよ。助けてよ……お願いだから殺して」

「ふざけんな。いいか、あんたには支払い義務がある。ここまでの解決料とアドバイザー料で100万上乗せな。払うまで死ぬんじゃねえぞ。契約違反だ。どこまでも追いかけるからな」

 蓮子は堪え切れずに嗚咽を漏らした。

 この親父、正気か? 俺はやり切れない思いでいたたまれなくなった。源の死に顔が、意外にも安らかだったことだけが唯一の救いだった。



               続く





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