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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第2章 逃亡者の休息 6

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」

第8回


(5) 疑念 


「あーすみません。もう閉館時間ですから。どうぞお帰りください」

俺とカオリの間に割って入るように、一人の男が声を掛けてきた。

「中島さん、お知り合いの方ですか?」

 30なかばくらいか。7:3分けの髪にポマードを塗りつけたメガネの男だった。じろりと睨むように俺を威圧してきた。

「ええ。この方は私の初恋の人、狂死狼さんです」

(えええ!?)                           

 俺はのけぞりそうになった。

 カオリは凛とした強さを持って、きっぱりと言い放った。そう言ったあとで、頬がほのかに赤く染まってゆくのがわかった。

「な、なんだそれ。聞いてないぞ」男は驚いた顔で俺とカオリとを交互に見比べて「ちょっとあなた、いい加減に、もう時間だから!」強い口調で言った。 

 俺は男を睨みつけて立ち上がった。「ありがとう。嘘でも嬉しいです。では」

「嘘なんかじゃないです」カオリは立ち上がった俺の体を見て「ずいぶんお痩せになって……体調お悪いんですか?」と心配そうに言った。

「ええ。大丈夫ですよ。ダイエット中で……」

 事件から今日まで、まともに食べることをしていなかった。確かに痩せたかもしれない。服もずっと着たきりだ。なんだか見られるのがとても恥ずかしかった。

「絶対に、また来てくださいね」

カオリは玄関先まで見送って手を振った。あの男が後ろにはりついて睨んでいる。

 あの男はカオリの恋人、あるいは旦那だろうか。いや、えぬ島を名乗っているところみると、まだ未婚なのか。それならば……。

ふ。何を考えている。

 殺人者が女を求める? しかも、殺した相手の娘を?

 あまりにも馬鹿げている。

だが、不思議なくらい、危険を感じることはなかった。

これも運命なのだろうか。もしもカオリに俺の秘密が知られてしまい、最期の時が来るとしたなら……それも、また良しだ。そう思える。

 路面電車に揺られながら、さまざまな考えが俺の頭を巡っていった。


 イマジン・ハウスにたどり着くと、俺は入念にシャワーを浴び、衣類を洗剤で洗った。

(この方は私の初恋の人、狂死狼さんです)

カオリのセリフを思い出すと、ふと、泣けてきた。

 事件からもうすぐ1カ月になる。犯罪者になってからの荒んだ生活の中で、初めての温かい言葉を……思いやりを、まさか殺した男の娘からもらうとは。


 眠りに着くまでの間、漫画でも読もうと書棚に並ぶ本を選んでいた。

手塚治虫の「ブッダ」に手を掛けたとき、肩を叩かれた。

「あんた、死にそうな顔だな。どうだ、死にたいのか? だったら俺が引き受けるぜ……10万でいい。金がないなら保険も使えるし」

 振り返ると、ミウラと名乗る長身の男が立っていた……。



                  続く


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