第5章 夜に舞う華 7
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 謎の女 その7
「その写真の顔に見覚えがありまして」
マスターは俺がずっと眺めていた写真を指差した。
「ああ。源の写真ね。ここには良く来てたんでしょう?」
俺はマスターの顔を凝視した。
「ええ。週に1度か2度。源ちゃんはいつもひとりで静かに音楽を聴いてましたねえ。ここ1週間ほどは来てないんで、どうしたのかなと……」
「ほう。だいぶ親しかったのですか?」
「あ。いや、こんな店ですから大して客も入らないし。よく二人っきりの時、音楽談義に花を咲かせましてね。90年代のアメリカのロック・ポップスとか、なかなか造詣が深い人でした……源ちゃんに何かあったんですか?」
「ええちょっと……実は行方がわからなくて困ってるんですが。この店以外でも、彼と会うことはありましたか」
「いえ。そこまでの付き合いではないです……そうですか。どこかに消えましたか」
マスターの目を落とす仕草に、何かを知っているかもしれないと直感した。
「何か、心あたりが?」
「いえいえ。ただ、どこか遠くに行きたいとか、アメリカに行きたいねェとか、妄想みたいなことを……遠い目をしながら言ってましたので。あれ、あなたは源ちゃんの身内の方ですか?」
「私は実は探偵事務所の者なんです。本人というか、えっと、恋人に頼まれて彼を探してるんです。そう、その恋人の20代後半くらいの女性を連れてここに来たことはありましたか?」
「ああ……アレね。うーん。恋人なのかなあ……確かに一度、一緒に来ましたよ。どう見ても女の方が源ちゃんにメロメロみたいで……私はあまり良い印象を持てなかったですね。……そのあと確かに、その女の人が一人で来て。ついこの前ですがね。訳のわからないことを言うから早々に帰っていただきましたねェ。探偵さんって、金田一みたいな?」
「いえ違います。まだ見習いなんです。その、訳のわからないこととは、いったい?」
「ああ。なんだか、逝っちまったような眼をして、いきなり馴れ馴れしく言うんですよ《コーヒーくれよ。あ、そういえば俺さあ……じゃないや、えっと、源ちゃん見なかったあ?》なんて。こっちはなんか気分が悪くて……ヘンな事おっしゃるならどうぞ1杯飲んでお引き取りくださいって」
「なるほどね」
その時の絵が目の前に浮かぶかのようだった。
源の行き先はマスターにも全く解らないということを確かめ、丁重にお礼を言って俺は『ヘブンズ・ドア』をあとにした。
外は少しだけ雪が舞っていた。しかし3月初めにしては暖かい日だった。気温はプラス2度だ。
そのあとも蓮子(=源?)にもらったメモの行きつけの店を全て回った。しかし『ヘブンズ・ドア』で得た以上の情報は何も見出せなかった。
一日中歩き回った俺は、ほとほと精も根もつきはてた。最後に、源が勤めるバー『乱なウエイ』へと足を向けた。
なんの変哲もない、その名とはうらはらに意外と上品な感じのバーだった。
俺はカウンターの隅の椅子に腰掛けた。まだ早い時間だ。客はパラパラと5人ほど。
50過ぎくらいの上品な感じのマスターと若くてチャラい感じのウエイターが一人だった。ここでの源氏名は聞いていた。源は『ちゃーりい』と名乗っていた。
「お客さん。初めてですね」
「ええ。こういうところは割と好きでして。初めてですが大丈夫ですか」
「どうぞどうぞ。うちは一見様大歓迎ですよ。なんにしますか」
マスターは笑顔で言ったが、その眼は笑っていなかった。
「あ。じゃあウイスキーの水割りを、ダブルで」
「はいわかりました。このあたりでは良く飲まれるんですか?」
「ああ。いえそうでも。ところで今日は、ちゃーりいさん休みですか?」
「え?」
明らかにマスターの眼つきが変わった。それは、敵を射抜くかのような鋭い眼だった。
続く
(※この物語はすべてフィクション? として書いています)




