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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第4章  凍りつく街 39

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」

(6) 決壊  その5



 ここで、第34話の冒頭に戻ることになる。


           ※


 ドアをゆっくりと開けて中を覗いた。テレビの音が聞こえる。ニュース番組のようだ。

「失礼しまーす」

 声をかけて部屋の中に忍び込んだ。玄関ホールの壁に身を隠して中の様子を窺った。小柄な男の後ろ姿が見えた。荒い息遣いだ。「ハア、ハア……」肩で息をしている。男の先には、血まみれの男がソファにうずくまる姿が目に入った。喉のあたりを掻き切られたのか周囲は血の海だ。

「ざまあみろ」

 そう吐き捨てて男は血まみれの亡骸を足蹴にした。何度も、何度も。

「おい。なにしてる」俺は声をかけた。

「誰だ!」

 振り向いた顔は間違いない。チャンゴだ……。


           ※


 そして現在に戻る。

「おい、お前がこいつをやったのか?」

「あ、狂…さん、えっと、あれ、俺は……いや、違う俺じゃない」

「じゃあ、これはいったい。どう説明するっていうんだ」

 チャンゴは放心状態から我れに返ったようだ。急にぶるぶると震え出したのがはっきりとわかった。

「え? いや、あのね。ようやくわかったんだ。こいつが住んでるこの部屋が。それで乗り込んだ見たら玄関が開いてて……中に入ったらもうこの状態で。でも、この野郎って、怒りが爆発してきて」

「お前が来た時はすでに死んでいたのか」

「そう。誰かにやられた直後だと思う」

「だったら、これはヤバいぞ。早く逃げよう」

「え、ああ。うん」

「おい、証拠になる様なモノは残してないか? 指紋とか髪の毛、唾、涙、汗とか」

「ああ。このとおり手袋はしてるし。他もきっと大丈夫だ」

 だいぶ冷静さを取り戻してきたようだ。

「よし、ならいい。靴は? 足あとつけてないか」

「靴は玄関に。たぶん大丈夫」

「よし。じゃあ行くぞ。もう振り返るな。絶対に」

「うんわかった」

 俺たちは死んだ男をそのまま残し、この部屋から脱出しようと焦った。

 しかし、無駄だった。

 部屋を出ようとした瞬間、有無を言わさずどかどかと岡林たちがガン首をそろえて部屋になだれ込んできたのだ。

「なんだなんだお前たち、どうした?」

「あ、これはひどい有様だ。遅かったか!」

 彼らは、俺たちの存在など半ば眼中にないかのように部屋の中を調べ始めた。もちろん藤堂の死体も調べた。

「駄目だ。死んでる」

「ええいくそ、遅かったなちくしょうめ」

「とことんだよな。あいつらときたら」

 俺たちに真っ先に疑いがかかるのかと思いきや、全く違う反応だった。

「だからここには近付くなと言っただろうが。ここで見たことは誰にも言うな。いいな。わかったか?」

 岡林がドスの効いた声で俺たちを脅した。

「は、はい」そう答えるしかなかった。

 いったいどういうことなのだ? 俺には皆目見当がつかなかった。藤堂を殺した本当の犯人とはいったい誰だ?

「まあこの現場を見てしまった以上、お前たちも無関係ではいられないな。これから俺の事務所に来い。ここの処理は雇い主と相談して決めるから、お前たちは心配するな」

 何を言っているのかさっぱり分からないが、とにかく言うとおりにした方が良さようだ。俺とチャンゴはマンションを出て岡林たちとクルマに乗り込んだ。


 白い雪が降り積もっていた。


 岡林の事務所についた。

 岡林は深く椅子に腰かけてゆっくりと話しはじめた。

「全ては藤堂が仕組んだことだ。あの男は自分の血を分けた息子さえも、その命を自分のために利用したんだ」

「え。それはどういうこと」俺には何を言っているのかさっぱりだ。

「まあ、あの馬鹿息子も悪いがな。ストーカーのあげくに、ひき逃げ事件なんぞ起こしやがって」

 やはりそこは知っていたのか。でも、それがなぜ?

「誰があいつを殺したんだ? 俺だって……殺したかった」チャンゴが口を挟んだ。その気持ちは俺も同じだ。

「藤堂が贈収賄の疑惑で追い詰められているのは知ってるよな?」

「ええまあ、ニュースぐらいは観るから」

「しかも、息子がひき逃げ事件だ。これがばれたら政治生命は絶たれる」

「でしょうね」それはわかる。

「そこで奴は俺たちに息子の命を守るよう依頼してきた」

「え? なんで」

「一番、価値が上がった時点で処分するためさ。我が身のために」

「意味が全然わからないですけど」チャンゴがしびれを切らして言った。岡林は続けた。

「息子の不慮の死で世間の自分への疑惑を逸らそうというせこい企みだよ。出来の悪い三男坊を役立たせてからあの世に送るという。どのみち轢き逃げなんて馬鹿をやらかした三男坊は生きてられる訳がないんだ。その絵図を書くために俺たちに息子を見張らせ、同時に暴力組織に命を取らせた。俺たちはあて馬であり、世間の同情を引くための猿回しの猿だ」

「そんな……一方で守らせるふり、一方では殺すって。親子なのにそんなひどいこと」

「なあに。どうせ妾の子だろ。長男、次男もいることだし、最高の利用価値が今回のヤマだったって訳だ」

「そこまで解っていて、なんで……」

「助けたかったよ俺だって。だけどお前たちの邪魔で、こっちの注意も逸れた。本当にお前たちを鞭でしばいてやりたいよ。まあ半分冗談だ。俺たちがどうあがいたところで、こうなる絵図は決まっていたんだよ」

恐ろしい世界だと、心底思った。

「で……このあと、いったいどうなるんだ」

「まあ、ぎりぎり藤堂は地盤を保ちつつ、これからもお国のため世の中のため、働く所存だろうよ。息子の命と引き換えにな。もちろん相当な財産も失い、黒い組織との腐れ縁、我が身を襲う罪悪感とで気が狂いそうになりながらな。いやもうすでに狂ってるか……」

 そして岡林は静かに言った。

「お前も一人殺してるんだから藤堂のことなど何も言えないさ。どうだ、ここで仕事を手伝え。少なくとも俺のとこにいる限り、絶対じゃないが警察の間抜けから守ることも出来るぞ」

 ああ。何もかもお見通しなのか……俺はチャンゴの顔を見た。

 彼もうんうんと大きくうなずいて見せた。


 やっぱり俺の罪を知っていたのだ。確信した。




                続く





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