第2章 逃亡者の休息 5
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
第7回
(4)
(中島……カオリ??)
そうだ。6年前、あの中島家地獄のリフォーム現場に、俺が顔を出すたびに笑顔で迎えてくれた娘がいた。あの娘だ。良く覚えている。俺が話しかけるといつも顔を赤らめてはにかんでいた。あれ、ひょっとしてこの娘、俺に気があるんじゃないかと勘違いしたものだ。……あるいは勘違いではなかったかもしれない。しかし、あの頃の俺には施主の娘にちょっかいを出すなどということは出来なかった。いや、それは今でもそうだ。どうにも女は苦手だ。占い師にみてもらえば、間違いなく俺には女難の相が出ていることだろう。今までもずっとそうだ。
こんな場所で、なぜ、中島の娘に!?
「中島…カオリ……さん?」
中島カオリはあの頃と変わらない可愛らしい笑顔を見せた。
「わあ。覚えてくれてました? あの時は、父のせいでご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」
律儀にお辞儀をするその姿も可愛らしい。
「あ、いや。いいんですよ。もう済んでしまったことだし。うちの施工も良くなくて大変ご迷惑を……あ、今はもうあの会社にはいないんです。だからなおさら、気にしないでください」
「そうだったんですか……もしかして、それって父のせいで……」
「あ、いや、全然関係ないです。全部自分の都合で」
奴のせいで会社を去った。大いに関係ありだが、もちろんそんなことは言うつもりはない。
「父は多くの方にご迷惑かけていたから、だからあんなことに……」
どくんッ
心臓が今にも飛び出しそうだった。どうする。あの事件を知っていることにするのか? それとも知らないふりで通すべきか?
一瞬で腹を決めた。
「ええっと、もしかして。この前の通り魔事件なんですか?」
「ええ。あれだけ報道されてましたからご存じですよね。父は、あの日……何者かに……うううっ」
カオリの目から、ひとすじの涙が流れ落ちた。
すまん。殺したのは俺だ。ゆるしてくれ。
口が裂けても言えないが……。
「ああやっぱり。そうだったんですか……もしかしたらと思っていたんですよ。本当にご愁傷さまでした」
(よくもぬけぬけと言えたもんだ。我ながら自分で恐ろしい)
「すみません。取り乱してしまって」
「いえ、いいんです。ところで、カオリさんはここの?」
「はい、いまはここで司書として働いています」
「へえーそうなんだ。そういえば本が好きだったものね」
そうだあの頃、読んだ本の話なんかを、ほんのさらりとだがこの娘とした覚えがある。SFや推理小説が好きな娘だった。
「今も良く本を読まれているんですね」
「ああ、いや、そうでもないです。たまたま今は逃亡…いや、恥ずかしながら失業中で。△△市に出てきてからもなかなかいい仕事がみつからなくて……暇つぶしに本でもと」
「そうなんですか。じゃあ、またここに来ていただけます?」
「ああ。来ますよ。どうせ暇だから」
「じゃあ、お好きな本、リクエストしていただければ取り置きしておきますね」
「え、ホント? じゃさ、今話題のアレ、若月晴樹の『深い闇のシルエット』読みたいな」
「それ。やっぱり! 狂死狼さんが好きそうなやつだ。
親を殺した犯人を探して旅をする、現代版かたき討ちって内容ですよね。
私も読みました。面白かったですよ。あ、今の私の境遇と同じだ。ハハハ。じゃあ、明日用意しておきますね。必ず来てくださいね!」
(どくんッ)ハハハじゃねえよ……
心臓が高鳴る。もしかして……この女は?
続く




