第2章 逃亡者の休息 3
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
第5回
(2) パラダイス その2
ほぼ一日中、澄み切った青空が広がり、H道△△市は12月最初の日曜日を、暖かく穏やかなままで締めくくった。
だが、俺の心は腐り切っていた。
ごるあ! 北村あ!! もっと真面目に乗れや!!!
悪態のひとつもつきたくなる。昨日の勝負レース、1番人気メウショウゴテツが12着に敗れたあのレースを、ビデオでもう一度繰り返し観ているかのようだった。今日も直線、たしかに好位についていた……それなのに。
1番人気シャルルマーニュは、またしても不可解な失速で11着に敗れた。
昨日のジョッキーは1年目の新人西村だった。まだしも許せる。しかし、北村よ。
お前は1317勝も挙げている20年選手だろうが!!
まあいい。これも競馬だ。騎手だけを責められはしないだろう。しかし、1番人気を背負うということは、全国の競馬フアンの期待を一身に背負っているということだ。それだけ馬と騎手の実力を、誰もが認めたからこその1番人気だ。
それを忘れてくれるなよ……。
おっと。殺人者が何を偉そうに……馬鹿すぎる。
投資資金の目減りにイラついていた。なんとかしなければ俺には先がない。
来週こそは絶対に浮上してやる!!
「パラダイス」の休憩ルームには、今日もあやしげな男たちが溢れかえっていた。こんな気持ちのいい日曜日に、こんなところで一日過ごすやつらなど、社会の底辺以外の何者でもないだろう。もちろん、俺もその一人だ。
そんな中、ひとりだけどうしようもなく廻りから嫌われている人物がいた。
歳は30代後半ぐらいか……どことなく弟に似ている気がしていた。
弟とは、死んだ親父が愛人に産ませた腹違いの、俺とは10歳も離れた今では全く疎遠になっているアキラのことだ。あいつも今どこで何をしているのやら。
その男は「バショウ」とかいうあだ名で呼ばれていた。どことなく暗いイメージを持つ男だった。
「嘘つきの糞野郎。早く死ねばいいノニ」
「思い出しただけで腹が立つ。いつかこロス」
「ただでは済まさねえカラ。覚えてオケ!」
物騒なことを平気で口にする奴もいた。なぜそこまで彼を? いったい何が?
……けれど不思議だった。
そこまで嫌われていながら、なぜか彼が来ない日には……決まって
とたんに嫌っている奴らが、騒ぎ出した。
どことなく、休憩ルームの中がざわつき、色めきたつのだ。
「おい、どうしたんだバシ男のヤツ。なんで来ねえんだよ。ふざけんナヨ」
「くっそー。来ないとなれば、コロしてやることも出来ねえカラ!!」
「くっそぉ!あの大っ嫌いなバシ男がいねえと……本当つまんねえんダヨ」
「なんだよバショウめ。バシ男のくせにおじけづくとは。ふざけんナヤ!」
「はやく帰って来いよ。しゅしゅっ。もっといじめてやるカラ~~」
なんだ。彼はただの『人気者』だったのか……俺は安心した。
だが、彼がパラダイスに顔を出すと、とたんに陰湿なカラみが始まった。
それはどうしようもなく、止めようもないほどの……執拗な……。
人間とは、かくも愚かなものなのだろうか……。
それでも、俺のような殺人者がまだ生かされている。
こんなクソな社会に、今は感謝だ。
続く




