第4章 凍りつく街 1
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1)友よ その1
……ようやく奴の居場所を突き止めた。
2月の寒い夜だった。しんしんと雪が降りつもっていた。
そこは繁華街にほど近いタワーマンションだった。用意していた作業服で宅配配達員になり済まし、俺はオートロックをかいくぐった。奴の部屋がある24階でエレベーターを止めた。表札は藤堂となっている。ドアのチャイムを押した。だが反応はない。
「宅配便でーす」
声をかけてみたが、やはり応答がない。ドアのノブを回してみた。ロックされていない。
ドアをゆっくりと開けて中を覗いた。テレビの音が聞こえる。ニュース番組のようだ。
「失礼しまーす」
声をかけて部屋の中へと忍び込んだ。玄関ホールの壁に身を隠して中の様子を窺った。すると、小柄な男の後ろ姿見えた。荒い息遣いだった。「ハア、ハア……」肩で息をしている。男の先には、血まみれの男がソファにうずくまる姿が目に入った。喉のあたりを掻き切られたのだろうか周囲は血の海だ。
「ざまあみろ」
そう吐き捨てて男は血まみれの亡骸を足蹴にした。何度も、何度も。
「おい。なにしてる」俺は声をかけた。
「誰だ!」
振り向いた顔は間違いない。チャンゴだ……。
……時間は現在にさかのぼる。
2018年の大晦日と正月を、俺は優香の部屋でともに過ごした。人並みの正月を共犯者と過ごすというありがたくもない状況だったが、一人ネットカフェで過ごすことに比べたらはるかにましだ。感謝するべきだろう。ただし、優香の体にはいまだ触れることができずにいる。俺はまだ混乱の極みの中にいた。これからの逃亡生活をどのようにするかという問題にもなにも答えは出ていない。ひたすら警察の捜査に怯える毎日だった。ただし、あの通り魔殺人事件についての続報はほとんど報道されることはなくなった。もちろん、だからといって油断はできない。
カオリの容体は優香から聞くところでは変わらないようだった。母親と兄が見舞いに来ていたというが二人は暮れにいったん○○市へ戻ったようだ。正月明けにはまた姿を見せることだろう。
カオリを轢いた犯人はまだ見つかっていない。俺はその後行方をくらましたままだ。警察の事情聴取には応じていない。
何もかもが中途半端のままだった。慌ただしく2019年が始まった。
優香の部屋に閉じこもったままの生活に飽きた俺は正月3日、地方競馬の場外馬券売り場へと足を運んだ。
ミウラ、チャンゴとも連絡をつけ、3人で少ない金額を張りながら遊ぶことにしたのだ。
馬券は面白いほどに当たらなかったが、馬や騎手に罵声を浴びせることで間違いなくストレス発散にはなった。場内はむせかえるほどの熱気にあふれていた。
「それ、行け! ほら、差せよ、差せ、差せ、差せええ~」
ひときわ甲高い声でモニターに叫ぶ後ろ姿があった。あ、この人物は……俺は近寄って声をかけた。
「先生。おめでとうございます。もうかってますか?」
「おや。たしか狂死狼さんだったね。あけましておめでとう。いや、しかし、当たりませんねェ」
ゆい吉先生だ。上気した顔は真っ赤だった。
「ああ、カオリさんの先生でしたか。こんなところでなんですけど、意識は戻りましたか?」チャンゴが口をはさんだ。
「うーん。まだなんともねえ……ただ、奇跡が起こらないとも限りませんから、とにかくはげましてやってください」
チャンゴは不安げな顔で「先生、よろしくお願いいたします」と、深々と頭を下げた。
俺が話したクリスマスの『愚者の贈り物』の件、チャンゴはえらく感激して聞いていた。俺以上にカオリの回復を願っているかのようだ。いや実際、そうなのだろう。
ミウラはゆい吉先生の顔をじっと見つめてぽつりと言った。
「先生、悩みがあるならいつでも聞きますよ……」
「はは。悩みといえば馬券が当たらないことぐらいかな」
「あ、それなら無理です」チャンゴと俺は声を重ねて言った。
そんなこんなで、俺たちの新たな年が始まったのだった。
そして、俺の肩を叩いて声をかける男がいた。
「アレ、狂死狼さんですよね。久しぶり」
振り向くと懐かしい(?)顔があった。
「え? あ、しゃもん……」
俺はまたしても正月早々頭が混乱する羽目になった。
さあ、中央競馬の2019年、最初の勝負だ。
明日1月5日(土)の買い目は京都第6レースに決まった。
馬連3点 2-4 4-5 4-14
総投資金299,700円÷36÷3≒2,700円
1点 2700円の勝負だ。
さあ、今年初めの俺の運命は、いったいどうなるのだろうか?
続く




