第2章 逃亡者の休息 22
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。神のいたずらなのか、いつの間にか殺した男の娘と暮らす羽目に……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
きよくもないこの夜 その5
あくる日俺はカオリと待ち合わせて図書館近くのファミレスに入った。
カオリは空いている限り、店内奥の右から二つ目のテーブル席に座ると決めているそうだ。俺たちは向かい合わせで座り、ランチセットを頼んだ。まだ午前11時40分、テーブル席は3割程度しか埋まっていない。
ほどなくして、こちらからは斜めに向かいに位置する窓際の真ん中の席に若いスーツ姿の男が座った。一人のようだ。座るなり、いきなりチラチラとこちらを窺っている。角ばった特徴のある輪郭の顔だった。
「あいつよ。あいつが犯人よ!!」
カオリは小声で俺に告げた。
俺は横目でこっそりと男の様子を窺った。たしかに俺たちの様子を気にしている。俺の姿を見て驚いているようだった。
「奴はいつもここに来るのかい?」
「ほぼ毎日。わたしが来る時間に合わせているみたいなの」
「名前とか仕事は。どこの会社の人?」
「知らない。まだ、話をしたことさえないもの」
「ふーん……」
なるほど……そういうことか。俺は男の気持ちを察した。おそらくカオリに好意を抱いてひそかに付きまとっているのだろう。バレバレだが。
「じゃあ、ちょっと奴と話してくる」
「え、ちょっとやめて。いきなりそれはまずいよ」
「いいから、いいから」
俺はカオリの制止を振り切って男が座るテーブルの向かい側に腰かけた。
「やあ。こんにちわ」
男はぎょっとした顔で俺を見つめた。明らかに緊張して身構えている。
「ハア……いったいなんでしょうか?」
「お昼時にごめんね。あのね、僕の彼女が怯えてるんだけどさ。いったい何が目的?」
「あ、えっと、カオリさんの……彼氏さんでしたか」
「なんで名前を知ってるの?」
「いえ、あの、図書館でお見かけして……その、いや、すみません。本当にすみません。彼女に会いたて……あ、でも、もちろん何も」
「あのね。僕の彼女に変な気を起こさないでくれる? ……じゃないと、殺すよ」
俺はありったけの怒りを込めて男を睨みつけた。
「は、はい。二度ともう、しません。す、済みませんでしたあ。失礼します!!」
男は慌てて席を立ち、逃げるように去って行った。俺はカオリの待つ席に戻った。
「違ったよ。あいつは犯人じゃないよ」
「なんで? なぜ逃がしたの。このまま逃げられちゃうよ。あの男が犯人じゃないって。その証拠は掴んだの、アリバイは確かめたの?」
カオリは宙を仰ぐようなうつろな目をして迷走した。俺はカオリの手を取ってそっと握り締めた。
「大丈夫だ。俺には視えるんだ。殺人をやってないってことだけは、そいつの目を見るだけでちゃんと視えるんだよ。いや、何の役にも立たない力だけどね。絶対だから。間違いないんだ」
俺はチャンゴの力を少し捻じ曲げて拝借した。迫真の演技だと思う。
「そう……なら大丈夫ね。信じていいのね……」
「ああ。信じてくれ。あいつは犯人に疑われるのが嫌だからもうここには来ないってさ」
「そうなの……」
「もう大丈夫だって。犯人はきっとどこか遠くで笑ってるんだよ。そんなことよりさ、あさってはもうクリスマスだろ。ほら、何かプレゼントをさ。といっても俺、無職の身だから高価な物は無理。そこは勘弁して」
「本当? ありがとう。嬉しい。じゃあ、私もプレゼントします」
「え? くれるの。じゃあさ、金額は諭吉さん一人まで。お互いオーバーしないようにしよう」
「あ、1万円までってことね。わかった」
それから俺たちは運ばれてきたランチセットのハンバーグをぱくついた。カオリは頬を赤らめて何度も笑顔を見せた。なんだか恋人同士のような……どこか心の奥がくすぐったいような幸せな時間だった。あってはならないことだ。……殺人者のくせに。あのオカモトに続き、またしても俺はヤクザのような脅迫をしてのけた。
この時の軽はずみな行動が、やがてカオリをそして俺を、不幸のどん底に陥れることになるとは……この時は思いもしなかった。
今日12月22日の勝負レースは中山第12レース。軸馬7番ベロニカグレースは、最初のスタート直後につまずいた。あとはずるずると見せ場なく終わった。騎手のせいだとか馬のせいだとか、何を言ったところで始まらない。結果は結果だ。
気を取り直して明日12月23日の勝負だ。明日は2レースに望みをかける。
阪神 第7レース
4―14 5―14 10―14 (馬連3点)
阪神 第11レース
2-9 2-10 2-12 (馬連3点)
【中央競馬投資資金】292,770円÷36÷3≒2700円 1点=2700円の勝負だ!!
ここまで来たら、とにかくわが道を行く。それしか打開策はないだろう。
続く




