第2章 逃亡者の休息 20
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。神のいたずらなのか、いつの間にか殺した男の娘と暮らす羽目に……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
きよくもないこの夜 その3
結局その日はかすりもしない馬券を山のようにゴミ箱へと捨て、俺たちは場外馬券売り場をあとにした。外は厳しい寒さの中、粉雪が舞っていた。
「地方競馬は難しいなあ」
チャンゴがため息とともに漏らした。難しいのは中央でも同じだと思うが……。
それから俺たちは師走で賑わう繁華街へと向かった。
「あらためて、乾杯!!」
何にたいしての乾杯なのかは解らないが、とにかく忘年会たけなわの混雑した居酒屋で酒盛りを始めた。カオリには友達と会うから遅くなるとメールをいれておいた。友達なのかどうかはまだよくわからないが。
競馬の話しでは底なしに盛り上がった。特に歴代の有馬記念優勝馬に対する思い入れは強く、それぞれキタサンブラック、オルフェーヴル、ディープインパクト。古くはグラスワンダー、ナリタブライアン、オグリキャップにシンボリルドルフなどと名前が挙がった。まあ、みな良く馬を知っているものだ。その時その時の対戦相手やレース展開、騎手、厩舎、配当金までも良く覚えている。これだけの知識欲を勉強に活かせば、どんな大学でも入学可能だっただろう。悲しいことに、俺も含めて学問には全く興味がない。だからこそ今、こんな体たらくなのだろう。
競馬の話は尽きることがなかったが自分のこと、過去のことについては誰も語らなかった。そこは明らかに避けていた。まだ、さほど親しい間柄ではないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、どこか冷めた感情がときどき三人の間に流れるのを感じた。
たっぷりと酒を酌み交わしたあと、俺たちは地下鉄の最終に間に合う時間でお開きにした。
地下鉄のホームは人ゴミで溢れかえっていた。
「だからシンボリルドルフだって」
「いやいやちゃうで。ナリタブライアンだろ。最強は」
「グラスワンダーしかいないだろ」
俺たちの過去最強馬の議論はまだまだ続いていた。
最終ひとつ前の電車がホームに入ろうとするその時だ。俺たちの前方、ホームの先頭に立っていた小柄な親父がいきなり転落防止柵を乗り越えた。そのまま線路へと落ちた。
「あ、やべえ!!」
悲鳴がこだました漏れた。電車が今にもホームへと迫っている。俺は固唾をのんだ。
次の瞬間、ミウラが防止柵を飛び越えた!!
大きな体を、落下した親父の脇へと着地させると、思い切り親父の体を肩で持ち上げて俺たちのいる方へと差し出した。俺とチャンゴは夢中で柵の上から手を伸ばし、親父の身体を掴み取った。そのままぐいっと引っ張り上げることに成功した。しかし、電車はもう目の前だ!!
「ミウラ!」
チャンゴと俺は見守るしかなかった。思わず目を瞑った。
ミウラは身軽だった。電車と接触するまでの何10分の1秒といった、文字通りの危機一髪でホームに戻ってきた。
わあっと歓声が上がった。拍手、歓声、口笛が鳴り止まなかった。
ミウラはそんなことには目もくれずに崩れ落ちている親父に向かって言った。
「おい。あんた。どうしても死にてえのか?」
「ああ。もう、生きてたってしょうもねえんだ。俺なんか……」
泣き声だった。
「じゃあ、好きにしろや。こんなやり方じゃなくさ、もっと楽に綺麗に死なせてやるぜ。ワイに任せろ。格安でいいぞ。ほれ名刺」
ミウラはそう言うと立ち上がり、一人改札の方へと歩いて行った。
「おい、ミウラ。どこへ行く」
俺とチャンゴはミウラのあとを追いかけた。その背中は何も語ろうとはしなかった……。
「ワイはな。一家心中の生き残りなんだ。親も兄弟もみな死んでワイ一人だけが生き残った。だから命を粗末にする奴は、絶対に許せないんだ」
熱燗のとっくりを傾けながらミウラは語った……。
俺たちはふたたび安酒場で飲み直すことにしたのだった。
さて、明日12月21日の南関東競馬は、川崎第9レースで勝負だ!!
⑨→1、3、7、12 三連複6点 (※オッズ15倍以下は切り捨て)
【南関総投資金】 329,490円÷36÷10≒900円
1点=900円の勝負だ。
クリスマスも近い。そろそろ大きいのが欲しい……ところだが。
続く




