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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第1章  ネバーランドの夜 2

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」

第2回


11月23日(金)


(8)  競馬の魔力


さて、競馬の前日だ。なんとしても今週は大幅プラスと行きたいところだ。

だが、俺の馬券術は『このレースなら絶対取れる』などということはない。30%強の確率に全てを委ねて、ひたすら当たるのを待つだけだ。いずれ確率は必ず収束していくのだから。

  実はどんなにすごい必勝法であってもそれは同じことで、当たるか外れるかは全て結果論でしかない。不確定要素が多すぎる競馬において、当たれば自分の能力だと信じ、外れれば運や騎手、はては八百長のせいにする。

『自分の力で当てた!』などと考えるから失敗するのだ

と、俺は思う。

逆に言えば、俺の場合は自分の裁量で30%を当てられるが、そのためには、全力で70%を外さなければならないのだ。おかしな言い方かもしれないが、

70%を外さないと、30%の当たりは得られない

と、いうことだ。

わかっているようでなかなか理解するのは難しい。これを冷静に受け入れられないと、遅かれ早かれ破産が待つことだろう。負けて熱くなり、さらに勝負する人というのは『70%の負けを受け入れられない人』なのだから。

もちろん、的中率が35%、40%と高まり、回収率もそれにともなって上がるのならば良い。だが、そうそう都合よくいくなら苦労はない……。


ところで、俺が何故、いまだにネバーランドにいるのかを説明しておこう。

今週の月曜の早朝だった。危険を察して、早くここを去らねばと身支度をし、辺りを窺いながら支払いをしていた時だった。いきなり、背後から肩を叩かれ、声をかけられた。

「狂死狼くんでしょ! ああ、やっぱり~」

早朝4時に声をかけられるとは思わなかった。一瞬びくりとしたが、振り返ると、そこには『しゃもん』がいた。

 無精ひげにいくつか欠けた歯を見せて笑うその顔は、とても憎めない。つい気を許してしまう雰囲気を備えていた。思い出すまでに3秒ほどかかったが、なつかしい高校時代の同級生で親友だった男だ。会うのは20年ぶりくらいだろうか。

「しゃもんか? おお、何やってんだよ。こんなとこで?」

「お前こそ、何やってんだよ、こんなところで」

監視されていると感じた視線はしゃもんだったのだ。

『しゃもん』の由来とは……なんだったか。北海道の鵡川町の生まれだと思い出した。たぶん、『死人』と『ししゃも』からきている。いつも死んだような目をしていた。そうだ。こいつは高校の頃からどうしようもないギャン中でいつも親を困らせていた。そう、思い出したよ。

 それから今日まで、俺としゃもんはしょうもない思い出話にひたってはパチンコをしたり地方競馬を買ったり、夜は酒を飲んだり……俺は痛い出費を重ねた。だが、楽しかったのも事実だ。

殺人を犯し、殺伐としていた俺をとにかく救ってくれたのだ。


唐突だが、明日の買い目は決まった。


京都7R (馬連) 12-15 7-12 9-12


総投資資金 375,570円  ÷ 36 ÷ 3 ≒ 3,400円

1点 3,400円の勝負だ!!  



11月24日(土)


(9)  競馬の魔力その2


今日の結果は残念ながらはずれだ。仕方がない。明日また投資を続けるのみだ。

京都第7レース。ヒモの9番ベルエスメラルダが快勝し、同じくヒモの7番グランセノーテが2着。軸にした12番カムカムは、レース動画を見る限り、かなり余力を余しての3着入線のように見えた。

……しょうもない。

昔ならば、「藤岡ぁ~~真面目にやれやぁ。くそッ、ボックスにしておけば良かった」だとか、「やられたあ。3連複にするべきだった。ちくしょう……頼むから八百長やめれや」といった、罵声と後悔がほとばしるようなレースだった。

 あとからではなんとでも言える。だが、騎手の騎乗に文句をつけたところで、俺の暮らしは何も変わらない。

 軸は1着か、せめて2着に来るだろうと信じるからこその軸馬だ。

3着なら仕方がない。外すべき70%を全力で外せたのだからよしだ……今の俺ならそう思える。これが競馬というものだ。


ここで、ひとつ考えてほしい。

例えば、今終わったレースを全く同じメンバーで、全く同じ条件でもう一度走り直した場合、全く同じ結果になるだろうか? 

答えは否だ。

みんなそれはわかっているはずだ。それほど不確定要素があるのが競馬という競技なのだ。

であれば、人間なんかの着順予想に何の意味があるだろう。もう一回走り直せば結果が変わってしまうような競技なのに?

 競馬の結果など、全て偶然の産物でしかない。

 ただ、偶然の産物を勝ち抜くには、統計と確率しかないのだと俺は思う。

 話が長くなったが、今日はここまで。

ちまたで騒いでいる「ジャパンカップ」など、俺にはどうでもいい。期待値の高いレースにだけに絞ると、明日の買い目はこれだ。


京都8R(馬連) 12-15 4-12 6-12

総投資資金 365,370円  ÷ 36 ÷ 3 ≒ 3,300円

1点=3,300円の勝負だ!!


大した額ではないが、俺には命がけの金だ。

なんだかんだ言っても、明日こそは勝利の美酒を味わいたい。

応援、よろしく頼む。



11月25日(日)



(10)  競馬の魔力その3


「くそめが。あちゃあ、ひっかけちまっただろうがよ」

えぬ島は右手を振り払うようなしぐさを見せてから、勢いおさまらぬ小便の『出もと』を、もう一度両手でしっかり押さえ込んだ。

俺は背後からゆっくり近づき、つぶやくように声をかけた

「中島さ~ん」

「ああ、なんだッ」

その振り向きざまを狙って、俺は突進した。

「ずぶッ」

 狙い通りに百均ショップの包丁は奴の背中にめり込んだ。

「ぎゃふッ。ぶッ。えッ」

訳のわからないことをつぶやいた中島は、次の瞬間、叫び声を上げた。

「ぎゃあああああッ」

同時に別の音が聞こえた。

「ごおおおおおおおお……」

ちょうど近くを、電車が通りかかったのだ。悲鳴をかき消すかのように……。

「俺は…………ツいてる……はず…な…のに…」

中島はばたりと倒れた。

油が絡みついてなかなか包丁は抜けなかった。足を掛けて、ようやく奴の背中から包丁を抜きだすと、同時にほとばしるような奴の血液を手の甲に受けた。

血は熱かった。

外気温10℃の中でもらい受ける36℃の血液は、本当に熱く感じた。

えぬ島の血と小便まみれの体を見降ろし、俺は唾を吐きかけようと思った……けれど思いとどまり、俺は包丁を持ったままその場で両手をあわせて祈った。

たった今死んだ子猫のために……。

あるいはたぶん、中島のために……祈った。


だが、いつまでもこうしてはいられない。

抜いた包丁を右手に持ったまま、俺は走りだした。

ふと、誰かに見られているような気がした。

それを振り切り、とにかく俺は走り出した。

「一刻も早くこの場を離れなければ……」そう思った。

そして、俺は走った……ただ走り続けた。



ここは俺の当面のネグラ、ネバーランドの個室の中だ。

パソコンで今日のレース動画を観る限り、やはり不信感が募る。

力を余しての1番人気馬の4着……なんだかこんなことが妙に多いと感じるのだ。

俺の軸馬、12番ダノンフォワードは、終始好位についていたが、最後直線で失速した……。

もしも、4着を当てる馬券があるならば、俺はとてつもなく稼げる気がしている。

まあ、そんな馬券があれば騎手の騎乗の仕方も違ってくるのだろうけど……

競馬の結果など、全て偶然の産物でしかない。

 そう考えながら、俺は今日もジャパンカップさえ買わずに、けれど負けた。

なあに、まだまだふりだしに戻っただけだ……強がるのみだ。

 それにして。アーモンドアイとは何度やり直しても勝つ術を知った、偶然を超えた唯一の存在なのかも知れない……。



11月26日(月)



(10)  競馬の魔力 その4


「熱い血が噴き出しそうになっちゃってさ。当たれば当然そうなるし。外したら余計に、ますますシートアップしちゃってさ。とにかく沸騰しちゃうんだよなぁ~」

 しゃもんは、焼き鳥の竹櫛を右の口元から引きずり出しながら言った。

「シート」とは「ヒート」といいたいのだろう。その言葉を聞きながら、俺はえぬ島の背中から噴き出る真っ赤な血液を思い出していた。

 俺たちは午後9時になると、決まってチェーン居酒屋「つぼへい」の△△店で飯と酒を喰らった。ここは、俺が事件を起こした○○市からは約200キロ離れた△△市だ。あのつぼへいとは違う店だ。


あの日、偶然ネバーランドで出会ってから、俺たちはずっと行動を共にしている。どうやらしゃもんは借金取りに追われて逃げているらしい。もちろん、俺は殺人を犯したことなど言っていない。似たような境遇で逃げていることにしている。

奴がしみじみと語ったのは、奴なりの競馬に対する思いだった。


昼間は時間をもてあまし、ふたりで地方競馬の場外発売所へと出かけた。誘ったのは、もちろんしゃもんの方だ。

そこは、同じ馬券を売る場所であっても、JRAの場外馬券場とはどこか流れる空気が違っていた。何もかもがJRAのミニチュア版のようで、おもわず笑みがこぼれるような空間だった。けれど、しっかりと固定フアンの姿があり、地方競馬を愛する人々(おもに親父たち)の、むせかえるような熱気であふれていた。

俺は初め戸惑い、その異様な雰囲気にのみ込まれそうになったが、どう考えても勝てそうにない草競馬に「命の金」を賭ける気にはなれなかった。期待値の高い低いもない、勝負どころもまるで解らないレースにのめり込むことは出来なかった。

……とはいっても、馬が走るとならば少しは血が騒ぐ。100円や200円の単勝または複勝で遊ぶことにした。

ところが奴は違った。朝一発目の第1レースから

目の色を変えてパドックと、新聞の記事を穴が開くほど見つめ、買い目を決めた。

それもただ1点。馬単や3連複を1点賭け。しかも、いきなり1万円スタートだ。

俺はこいつ、気○がいじゃないかと思った。

だが、初めてしゃもんと行った地方競馬で奴の神がかり的な的中を見た。

その日、しゃもんは合計70万円ほどのプラスで終わった。

「えっ?」

俺は目を見張った。

バンザイ!! 俺たちはおどり上がり、喜びを分かちあった。

ちなみに俺はちびちびと買った単・複で、合計1340円の勝利となった。

負けないだけ良しとする。単なるビギナーズラックだ。

「さあ、豪遊しようぜ狂ちゃん!!」

しゃもんは笑顔でつぼへいを出ると、さっそくホテルとデリヘルの予約を始めた。

 だが、俺はやめといた。

「どうしたの? おごるよ狂ちゃん。いっしょに行こうよ」

「いや、俺はいいよ。しゃもん、お前一人で楽しめよ」

さすがにそれは……まだそんな気にはなれない。

俺は殺人者なのだから……

しゃもんはしぶしぶと俺を置いてホテル街へと向かっていった。

そこに、白と黒のツートンのクルマ、パトカーがゆっくりと、俺たちの前を通り過ぎた。

二人の警官がじろりと俺たちの顔を睨みつけた。

 俺はごくりと息を飲んだ……。




11月28日(火)



(12)  競馬の魔力 その5


振り向いたしゃもんは、ぎょっとしていきなり走りだした。

(おい、パトカーごときに慌てるなよ、かえってマズイだろ)俺はそう思った。

 すると、反対方向から怒声が聞こえてきた。

「おい、まて、コラッ。てめえ」

そこにはしゃもんを追いかける、いかにもあやしい二人組の男がいた。こんな夜中にサングラスの、どう見てもかたぎにはいないタイプの方々だ。

しゃもんはこいつらに気付いて逃げたのだ。

パトカーがふたりのそばに寄りそった。

「そこの二人、止まりなさい!」警官は拡声器を使った。

「やべえ、こっちだ」

あやしい二人は、あわてて進行方向を変えた。

「くそ、おぼえてろ! 必ずトバしてやるからな」

捨て台詞を吐いて逃げていった。

どこへ飛ばすのかはわからないが、しゃもんに危機が迫っていることは理解できた。

一瞬、パトカーの姿に怯えた俺だったが、しゃもんは、そのおかげで助かったのだった。


次の日から俺は地方競馬を遠慮し、パチンコ屋の休憩ルームや図書館で退屈な時間をやり過ごした。昨夜のことをしゃもんに問いただすこともしなかった。どうせ、借金取りに追われていることは明白だ。


それから2日もすると、しゃもんの様子は変化していった。生き生きとしていた顔が、どんよりと死んだような土色に変わっていた。

その夜、午後9時のナイター競馬が終わる時間を見計らって「つぼへい」に行くと、死んだような目をしたやつがいた。

「金を貸してくれないかな、狂ちゃん」

いきなり俺に言った。

「え、おととい七十万も勝ったのに。どういうこと?」

俺の全財産分をたった一日で稼いだのだ。

「ああ、あれね。昨日と今日の勝負で溶けちゃった」

ええ? たった2日で? 

「ちょっと、そりゃないよ……で、いくらいるの?」

「ごめん、10万ほど……」

俺は奴の顔をじっと見た。しゃもんはひたすらうつむいていた。

「俺だって苦しいの知ってるだろ……悪いけどさ」

「じゃ、じゃあ、5万、5万でいいよ。頼むよ」

奴は欠けた歯を見せつけて必死の笑顔を見せた。

俺はジョッキのビールを一気に空けた。

「ふうう。……どうせ、明日すぐ溶かすんだろ」

「いや、大丈夫。狂ちゃん大丈夫だから。

明日は絶対に来る馬がいるんだ。俺の経験上、100パーセントなんだ!!」

しゃもんはありったけの力を込めて言った。

「俺の経験上、そういうこと言うやつの馬は100パーセント来ないね」

そう言って俺は、3万円を財布から取り出した。とてつもなく痛い金だ。

「なあ、これ持ってさ、

田舎に帰ってししゃも漁でもしろよ。200パーセントそれがいいよ」

しゃもんは3万円をわしづかみにすると「ありがとう、狂ちゃん。絶対勝つから」と言って、にかっと笑った。

何を言ってももう無駄だった。

ギャンブル依存症とはかくも恐ろしいものだ……。

けれど、やつは人を殺した訳ではない。ひたすらギャンブルにのめり込めることが、逆に俺にはうらやましくもあった。

ふと、やつのジョッキを持つ左手首を見ると、ためらい傷がたくさん並んでいた。普段はリストバンドをしていて気付くことはなかった。

(お前も苦しんできたのか……ならば自分でけりをつけるしかない……友よ、死ぬなよ……)



11月29日(水)



(13)  競馬の魔力 その6


 その日から俺はしゃもんとは距離を置いた。これ以上金をせびられても困るし、借金取りに追われている奴との行動は避けたかった。

 幸い、あの事件の報道は日に日に少なくなっていた。もちろん捜査は続いているのだろうが、この町に警官が増員されたり、捜査員があちこちうろついているといった気配はなかった。俺に結びつく接点はないはずだった。

 ただひとつ気がかりなのは、あの時、誰かに見られてしまったかもしれないということだ。あの暗がりでは顔を見られていないと思うが……とにかく、油断は禁物だ。


 しゃもんは日に日にやつれていった。ネバーランドの共有空間で見かけるたびに声を掛けていたが、曖昧な返事しかし返ってこなくなった。それでも、いったいどこから金を工面してくるのか、相変わらず競馬通いは止めていなかった。


そんなとき、事件が起こった。

「あたしのサイフ盗まれたあ~。どうしてくれんのよ!!」

 ひときわ甲高い声でネバーランドの店員に詰め寄っているのは、アケミとかいうケバい格好をした40がらみの女だ。毎晩、ここから風俗店に出勤しているという噂だった。

「ちゃんとお探しになりましたか?」店員は困り果てている。

「あったりまえジャン。ちょっとシャワー浴びてる隙に泥棒がはいったのよ。弁償してよ!!」

「ここでは自己管理が基本ですから。ほら、ここにも書いてあるように盗難に遭われた場合の、責任は一切負いませんと」

「何それ? ちっくしょう。三日分の稼ぎが入ってたんだ……くっそ、覚えてろよ!」

アケミは怒り狂った。

そのあとたて続けに盗難事件が発生した。三日間で財布を盗まれた者は合計5人んものぼった。

「まさかな?」

 俺はしゃもんが悪さをしていないか心配だった。もちろん、俺は大事な財布を肌身離さず持つようにした。


 そんな時だった。

図書館での読書にも疲れて気晴らしに散歩に出た。そこへ、街なかの往来を汗だくで走るしゃもんの姿が飛び込んできた。

「助けてくれえ!!」

「待てや、コラぁ!」

奴の200メートルほど後ろを、例のふたり組が追いかけている。

 しゃもんは涙と鼻水を垂れ流した必死の形相を俺に向けた。

「ハア、ハア、狂ちゃん、助けて!」

息絶え絶えとなって立ち止まると「俺、殺される」と言った。

「なんだって」

「ハア、ハア、俺、殺される。でも、悪いの俺だ。ハア、ハア、仕方……ない……ギャン中だから、俺なんかいずれ、どうせ」

「おい、なんとかならんのか。俺からも言ってみるよ」

「いや、いい……もう決心した。狂ちゃんの顔見て今、決めた」

「何を?」

「俺の、最後のギャンブルを見せてやる!!」

しゃもんはそう言い残すと、素早く車道に飛び出していった。

「あッ」と、思わず俺は叫んだ。

 ちょうどそこへ60キロのスピードのクラウンが迫った。

 運転手はスマホを見ていて、しゃもんの姿に気付いていない。

「どかッ」

 クラウンのフロントが弾き飛ばし、5メートルほど浮かんだしゃもんの体が地面に落下すると、ようやくブレーキを踏み始めてよろけたようになった車輪が、しゃもんの頭をふんづけた。

「ぶしゃッ」

脳みそにめりこむ嫌な音だった。

(ああ……友よ……)




                                     続く



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