第9章 転がる石のように 11
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」
1 最悪のどん底
その11
俺は重大な決意を持ってアリサに接することにした。
それは彼女をここから追い出すか、それとも俺がここを出てゆくか。はっきりさせようという決意だ。
アリサはこの街が生まれ故郷だといった。ならば実家へ戻れればいい。いまだに仲たがいしたままで気まずいというのなら、俺が手伝ってもいいとさえ思っていた。とにかくこんなむさ苦しいところにいるよりは実家に帰るべきだ。だが、俺はきっと彼女がこの街の出身ではないのだろうと思っていた。そのことを確かめるべく、俺はできるだけ冷静にある意味冷たく彼女に接しようと決めた。
「この街が生まれ故郷だっていってたけどさ、本当は違うよね。嘘なんだろう」なるべく静かにゆっくりと、俺は言葉を並べた。
アリサは大きな目を見開いて俺を見た。
「え? なんのこと」
「だってさ、すぐ近くに実家があるっていうんならいくら気まずいからと言っても、せめて週に一度くらいは帰るもんじゃないのかい? こんな安宿にずっといついてるなんてあり得ないだろう。俺はそう思ってる」
アリサの顔色がどんよりと重くなってゆくのが分かった。
「何言ってんの。親兄弟とはまだぜんぜん仲直りしてないし。あんなくそみたいな実家になんか帰りたくないだけだよ」
その顔は明らかに動揺していた。
「そうか。なら安心だ。今すぐとは言わないけどさ、いずれは帰った方がいいよ。こんなむさ苦しいところに何も好き好んで」
「いいじゃない。あたしの勝手でしょ。あなたには関係ないわ」
アリサは激しい口調で言った。その怒り様はやはり図星だったのだと思える。
「そうかい。わかったよ。でもいったい何が目的でこんなところに。もしかしたら優香……いやあの男に頼まれたのか。あいつ草野に。そうなんだろう」
優香を誘惑して俺から引き離した男、シンちゃんの部下である草野だ。否応なく嫌な顔を思い出した。するとアリサは今度は床に突っ伏してすすり泣いた。低い声で唸るような嗚咽をあげた。
「優香ちゃんは今でもあなたを……あの男が全てを塗り替えたのよ。自分の目的のためなら手段を選ばない男。でも望まないこととはいえ、すべてはあなたを守るために……そう、優香ちゃんは決心したの」
「何を言ってる。いったいどういうことだ」
アリサはためらいがちに、けれど堰を切ったようにあふれる出る思いを残さず打ち明けた。
「夏の終わり頃からだったと思う。あの男が頻繁に『ルージュ』に顔を出すようになったのは。はじめは朴訥でおとなしい印象だった。割といい男だったから店の子はみんな自分の客にしたいと狙ってたと思う。あたしもその一人だったけど全然その気を見せないのよね。でもだんだんと優香ちゃんを狙ってるんだってことがほら、すぐわかっちゃうでしょ。そういうのって。でも優香ちゃんは全く眼中になくて普通にお客さんとして接してただけ。遅い時間にやってきてはラストまでってパターンで、時々優香ちゃんを店外に誘ってたみたいだけどいつも断ってたのよね。ある日、断り切れなくて、他の女の子も一緒ならって
優香ちゃんが。そしたらあたしに白羽の矢が当たって、三人で飲みなおすことにしたのよ」
「そんな話は聞いたことがないよ」
「その頃、あなたはたしかO市に泊まり込みで仕事してたでしょ。そう聞いてたけど」
そうだった。かなりの期間、俺は優香と離れていた。連絡こそ毎日していたが、店の中の出来事までは聞いちゃいなかった。
「朝までやってる店で三人で飲み始めたの。そして優香ちゃんがトイレに行った隙に草野があたしに言ったのよ。実は俺刑事なんだ。優香を追っている。彼女は殺人犯なんだ……て」
仰天するしかなかった。アリサは俺を凝視した。
ああ、何もかも知っていたのだこの女は……
俺は茫然と立ちつくしてアリサの言葉を待った。
続く




