第9章 転がる石のように 9
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」
1 最悪のどん底
その9
K市にやってきてからどれぐらい経つのだろうか。
昔、小さい頃に遊びに来たことを覚えていた。そのときは何の変哲もない街だなあとしか思っていなかった。確か、親父とともに国道沿いのラーメン屋に立ち寄ってさほどおいしくもないラーメンをすすったのだった。親父はうまいか、お替りしてもいいんだぞと言ってくれたが、俺は麺を全部食べることでせいいっぱいで、お代わりまではとても食えやしなかった。とにかく国道沿いにちょっとしたビルや商店街が並ぶ以外は、まるっきり田舎丸出しといった印象の街だった。少しでも路地裏に入り込めばそこには貧乏長屋や2、3階建ての古い昭和の雑居ビルが建ち並ぶといった印象だった。
それは今でも大差なかった。H道で一番の都市である△△市や、生まれ故郷である隣の○○市に比べてもその差は歴然としていた。
とはいってもここK市には何となくだが、K市にしかない風情というものが感じられてそこはかとなく漂っている独特の匂いのようなものがありそれはそれで嫌いではなかった。
たぶん、終えの住みかとして考えてみても悪くはない街だと感じていた。
それでも昼間K市の街中をぶらりと一人で歩くようなことはなかった。それはもちろん追っ手から逃れることを第一に考えていたからだ。犯行現場から割と近く、それでも山を越えなければならないしクルマで2時間ほどの距離にあるこの街は絶好の隠れ家のようにも思えた。
俺はたびたび街中の図書館に忍び込んだ。本を読むこともそうなのだが、街中の人を注意深く観察することも怠らなかった。図書館では小説を読むことよりももっぱら過去の新聞をあさって読んでいた。つまり自分が起こした事件に関する記事を穴が開く程探し求めたのだ。また、殺人者が逃亡するといった内容の小説、ドキュメントなどはむさぼるように読んだ。実際に起きた事件である外人留学女性を誘い込んで関係を持ち、殺して逃げたあの事件は特に念入りに逃亡の様子を調べた。
それらによって出た答えは特別なものではなかった。どの殺人者も、とにかひっそりと平凡に息をひそめて日々の生活を繰り返しただけだ。整形したり、ダイエットしたり逆に太ったり、印象を変える努力は常にしていたが、それ以外は本当につまらない日常の繰り返しだった。だからこそ刺激を求めていずれは自ら見つかっても仕方がないような浅はかな行動に出る者も多かった。
その精神状態は何となく理解できるような気がした。
まあ、そんな風に平凡に息をひそめて生き永らえている俺なのだが、それでも簡単につかまる気はさらさらない。
俺は俺だ。刺激欲しさのために逮捕されようなどとは全く思わない。
あわよくば、俺は自分の人生を精いっぱい生きつくして満足できる死を迎えたいのだ。
そのための生きる支えであり、目標であり、目的であり、俺の全てであるのが投資競馬だ。果たして成功できるかどうか。先のことはわからない。
冷たい空気が切り裂く中、暗くなった街中を息を殺して「平成ホテル」への道のりを急いだ。
俺の部屋には当然のような顔をしてアリサが待っていた。
「おかえりなさい」
俺は思わず不機嫌な顔をして見せた。そして思わず冷たい言葉を吐いた。
「あのさ。こんなことをいうのは本当にアレなんだけどさ」
「え。何……」
アリサは決して鈍感な女ではなかった。
次の瞬間、ぼろぼろと両目から涙を流していた……。
続く




