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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第9章  転がる石のように 5

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」


1  最悪のどん底



  その5



 新年早々、いきなり木賃宿「平成ホテル」のオーナー轟から死相が出ているなどと言われ、俺は憤慨した。そんなことたとえ思ったとしても言っていいことではないだろう。ふざけるな。

そうは思っても、悪気があるとも思えない。俺は感情を無理に押さえつけて笑って見せた。

「まあ。そうか知れないですわ。ここんところ身体にいいこと何もしてなくて。食生活もいい加減だし」

「うん。いやそれもそうなんだろうけど……何て言ったらいいか。とにかく病気やけがには特に気をつけたらいいと思うよ。いや、本当にいきなり失礼は承知でいうのだが」

「はあ。わかりました。気をつけます」

 そう言ってホールをあとにした。

 その途端だった。正確に言うと、朝酒に缶ビールを一杯カラにしたあとだ。俺は急に身体に異変を感じた。がたがたと身体中が震え出した。ひどい悪寒が一気に襲ってきた。急いで布団にくるまり、ヒーターを全開にして温まるのを待った。 布団から手を伸ばし、少ない荷物の中を探った。あった。体温計だ。測ると38度を少し超えていた。これはまずい。俺は焦りながら薬を探した。風邪薬が確かまだ残っていたはずだ。

 がたがたと震えながらペットボトルのお茶とともに2錠を口にした。いつものように錠剤を噛み砕こうとした時、左上の奥歯にあたり激痛が走った。

「いってええッ」思わず叫んでしまった。脳天を突き抜けるかのような激烈な痛みに顔が歪んだ。失神寸前だった。

 まずいことになった。今は健康保険も持っていない。痛み止めの薬があったからそれも飲んだ。歯に当たらぬよう気を付けた。喰いかけのパンをおそるおそる齧ってみた。

「うッ」やはり激痛が走る。熱と歯痛とで俺はもう奈落の底へと崩れ落ちそうだった。

やがて布団の中で体温が取り込まれて身体が火照ってきたが、今度は全身から汗が吹き出してきた。しかも吐き気までが襲ってきた。俺は小さなアルミの鍋の中へ何度も吐いた。

轟の親父がいったことは本当だったんだ。おれはこのまま死ぬのか……

そうとしか思えないような酷い状態が3日3晩続いた。視界がぼやけ、起きているのか眠っているのかも定かではないほどに朦朧としていた。

夢と現実の狭間の中で聞えてくるのはあの男の声だった。血みどろの顔が俺を襲ってきた。

「おーい。俺を一人にしないでくれよなー。俺を殺しておいてきらくにいきてるんじゃねえよー」

「う、うわあああああ」

俺は自分の叫び声に驚いて目が覚めた。おぼろげな木賃宿の狭い天井がぼんやりと浮かんできた。

「大丈夫? うなされてたよ」

「やっと目が覚めたようね」

気がつくと狭い3畳の部屋に俺は仰向けに寝ていた。両脇には男と女がいた。

 男は永井だ。能面のような顔を赤らめて俺を見ていた。もうひとりは女だ。女? ふくよかな……関取のような。え? どこかで見たような。

「あんた、だれだったっけ?」

「狂死狼さん。気付いてくれた。ルージュに優香ちゃんと一緒にいたアリサよ」

「ああ。そうだ、そうだったね。え? なんで、君がここに」

「なんででしょうねェ……フフフ」アリサは含み笑いをして見せた。

何が何だかわからくなった俺は、ふたたび気を失いかけたが、アリサのふくよかな腕が伸びて俺の額を冷たいタオルで拭いてくれた。

とにかく今は、時の流れに身を任せるしかなさそうだ。



  続く

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