第2章 逃亡者の休息 17
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。神のいたずらなのか、いつの間にか殺した男の娘と暮らす羽目に……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
捕らわれの貧しい心 その4
カオリの突拍子もない行動には時々閉口したが、まあ彼女はいわゆる『不思議ちゃん』なのだと思えばなんとか我慢もできた。それ以上に、俺は みじめな逃亡生活に疲れ果ていた。あのネットカフェの狭い薄っぺらな壁に囲まれた空間の中で、背中を丸めて毛布にくるまって眠るのはまっぴらだ。それに比べたら、若くて可愛い女がそばにいる。毎日共に過ごせる暖かな部屋がある。殺した男の娘だということはひっかかるが、それ以外について何も文句を言える立場にない。むしろ誰もが羨む環境なのだ。
……それにしても。
中島の遺影を見つめては、泣きだす彼女を見るのは辛い。父親を殺されたということが、少なからず彼女の精神状態に異常をきたしている原因ではないのか……そう考えると、彼女がどんな奇行に走ろうが、俺には見捨てることなどできない。強く思う。もしもそれが俺自身の破滅につながるとしてもだ。
経済的に負担をかける訳にもいかない。俺はなけなしの所持金から当面の生活費として10万円をカオリに渡していた。カオリは要らないと強く突っぱねたが、俺は首を横に振り、彼女の手のひらに金を握らせた。
そして、夜は激しく求めあった。
お互いをむさぼるように確かめあった。なにものかに捕らわれてしまった貧しい俺の心が、果てしない渇きにもがき苦しんでいた。カオリは無意識にそれを感じ取っていたのだろうか……一瞬の刹那の中で、互いの生命を求めあうかのように俺たちは溶けあった。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
俺が手を振ると、カオリは必ず一度駆け寄ってきてキスを求めた。
そうして俺は退屈な一日を始めることとなる。
カオリには仕事を探すことにしている。今日もハローワークへ行くと約束をした。
……けれど、俺が向かう場所と言えばやはり『鉄火場』だ。地方競馬の場外馬券売り場。俺のような世間のはぐれ者、クズ、ゴミにはお似合いの場所だ。たっぷりと惰眠を貪り、午後3時過ぎには到着した。
そう、昨日から俺は『南関東競馬』に新たな投資として資金投入を決意していた。
向かった場外馬券売り場には冴えない顔をしたチャンゴがいた。
「よお。今日はどうよ。荒れているのか?」
チャンゴは首を横に振って見せた。
「ガッチガチさ。これじゃあ、よっぽどの金持ち以外は儲からないね」
「そうか。それじゃ今日は厳しいかな……」
場内にはひと山当てようと集まった胡散臭いおやじ達が、今スタートしたばかりの水沢競馬メインレースへの罵声や怒声をモニター画面に浴びせかけていた。
俺は小さなモニターに映っている今日の結果、これから走る馬のパドック、オッズやらを見ていた。……すると、ひときわ馬鹿でかい声が場内に響いた。
「おい、てめえ。俺の金。返せよコラァッ!!」
叫んだ男は、相手の首を両手で絞めつけ、今にも殺しそうな雰囲気だった。
「あ。ミウラ!!」
俺は咄嗟にミウラの背後へと回り、奴の腕を羽交い絞めにした……。
南関競馬の初日は残念ながら、外れた。
俺の投資競馬は外れることが前提だ。
外れても外れても、資金がパンクしない限りやがて大きな当たりとともに資金は膨れてゆく……はずなのだ。
まあ、生温かい気持ちで見守っていてくれ。
【地方競馬 総投資資金 スタート=36万円】
明日の勝負レースは2つだ。
川崎第4レース ⑨→2、4、8、11 (6点)
川崎第10レース ③→1、2、5、8、10(10点)
それぞれ3連複、軸1頭流しだ。
投資資金360,000円-9,000円=351,000円
351,000円÷36÷10≒900円
1点=900円ずつだ。
さあ、どうなるか? 神様、そろそろ頼むよ。
続く




