第9章 転がる石のように 2
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」
1 最悪のどん底
その2
そのあと俺が取った行動についてはよく覚えていない。自暴自棄となり、やさぐれて飲んでくれていただけだ。やり切れない心の中の穴を埋めるかのように酒におぼれた。
逃げなければならない。俺を追ってくる奴がいる。密かに俺を監視しているに違いない。そんな恐怖心だけが募っていった。どこをどう渡り歩いたのか、何を求めさすらい歩いたのか。
気がついた時、俺はK市の古びた木賃宿に身を沈めていた。
K市とは石北峠からオホーツク海までの東西に延びた細長い街だ。△△市から遠く離れながら故郷○○市の隣である。無意識に選んだ死に場所がここだった。
死に場所?
俺は今さら死を望んでいるのだろうか。ならばとうに死んでいるはずだ。たかが優香という共犯者を失ったくらいで生きてゆけないのならば死を選べばいいのだ。
けれど俺は生きている。まだたっぷりこの世に未練があるというのか。
木賃宿というのはその昔、江戸時代からの名残でいう言葉だ。木というのは薪のこと。米を持参で、煮焚きする薪代で泊まれるほどの安宿という意味だ。
宿を反対にしてドヤともいう。1泊2000円かからないような宿のことだ。
以前はネットカフェを寝城にしていたのだが、探偵業で得た知識により木賃宿に泊まった方がよほど経済的だし、個室が基本だからプライバシーも保てるということがわかった。隠れるにはうってつけの宿だ。月単位で契約をすればネットカフェのシステムよりかなり安い。
とはいえ、3畳一間の古い畳の部屋だ。古びた木枠の窓はあるが開ける気にもならない。テレビと小さな冷蔵庫。小さなテーブルにネットにつなげられるラン端子もある。あとは蒲団だけだった。ちょうど死刑囚が暮らす拘置所の造りに似ている。
共同のトイレと洗面所が各階にある。給湯室もあり、ここで多少の料理をすることも可能だ。もっともカップめんのお湯を沸かすだけなら部屋でも出来た。共同の風呂に乾燥機付き洗濯機がふたつ。生きるために必要な物はそろっている。俺は毎日この穴蔵に引きこもり、ひたすら酒におぼれ、ぼーっとテレビを眺める毎日だった。
岡林探偵事務所からもらった給料の残り、花菜からもらった謝礼金。合わせて150万ちょいの金が今の俺の全財産だった。
酒びたりの日々からやがて少しずつ冷静さを取り戻し、俺は生きるための希望と目標を見いだそうとしていた。
競馬だ。競馬で身を立てる。正真正銘の馬券生活を目指してやろうと考えた。
これまでの俺はあまりにもいい加減な生き方しかしてこなかった。何もかもが中途半端だった。優香というかけがえのない女を失った俺にはもう他にすがる物は何もないのだと気付いた。
そして行きついた答えは競馬で大きな金を造り出し、この世の中を少しでも動かせるような男になることだ。それが俺の生きがいなのだと悟った。
そして迎えた有馬記念。
俺はこれまでの競馬に対する思いと来年からの運勢を試すためにも大きな勝負をかけることにした。1レース10万円の勝負だ。
この1年で失敗を繰り返しながらようやく掴みかけている必勝法を有馬記念では封印し、かつて編み出し大儲けもしたが自滅もした独自時計理論にたちかえっての勝負だ。
その理由はこうだ。
今完成に近づきつつある必勝法というのは、あくまでも当るまで待つ方法だ。
つまり、地道に網を張り続けて当るのを待つだけ。いつ当たるかのかは誰にもわからない。ただじっと待つだけの必勝法だ。トータルで回収率が100%を超えさえすればいい。だが、すさまじいほどのまぎれの中で50連敗することさえ現実にあり得る。的中率は20%を切るのだから仕方がないことではある。
ところが時計理論はそうではない。馬の実際の能力をしっかり反映させた時計を弾きだせば、目の前のレースを狙ってしとめることが可能となるのだ。
そうして予想した有馬記念は選んだ5頭が見事に3着までに入り、1本かぶりのアーモンドアイが失速したために2、3、4番人気の決着でありながら大きな配当となった。
ただ、残念ながら買い目はそのままだったのだが、実際に買うにあたりアーモンドアイが来ての取りガミを怖れるあまり、機械のセット買いに委ねてしまったのが悔やまれる。まあ、アーモンドアイが来ていれば、これで良かったと思うのだからそれは言いっこなしだ。
結果
馬連10点合計5万円購入
6-10(2990円)×2500円→74750円
3連複10点 合計5万円購入
6-7-10(10750円)×1700円→182750円
合計払戻し 257,500円-100,000円=157,500円
157,500円の勝利となった!
久しぶりの大勝負を勝利で飾り、涙が出るほどに安堵した。
なんとかこの調子を維持し生活を立て直したいものだ。
続く




