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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章 かなしき口笛 36(今章の最終回 拡大版)

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


⑶ 死闘の彼方


  その8


「やめろ。いい加減にしねえか」銃口は花菱親分に向けられた。花菱組の面々は当然だったが、神龍会の構成員達も事態を注視していた。いつでも飛び出す覚悟を皆決めていた。

 教龍会の面々もまた同じだった。奥村の動きひとつで一触即発の気配が濃厚になっていった。なおも花菱親分は続けた。

「パラダイスグループ創始者の未亡人玉造ミエを自殺に見せかけて殺したのも奥村だ。教龍会をつぶすことを画策した奥村は、天見組若頭の伊藤を誘い込み……」

「やめろ。冗談じゃねえッここまで来て夢がつぶされてたまるか」奥村は読み上げる花菱親分との距離を縮めた。

 その時だ。俺の前に花菜が出た。奥村の背中を花菜が迫ったのだ。手にはナイフのようなものが光っていた。

「おい、やめろ!」声をかけるのが精一杯だった。その声に奥村が振り向いた。奥村は花菜を見てぎょっとして銃口を花菜に向けた。

「よくも兄を、兄の仇だあああッ」花菜はありったけの声で叫んだ。奥村の銃口にひるみもせず、鋭利な切っ先を彼に向けて突進した。

 俺はその瞬間をスローモージョンを見ているかのような感覚で見守るだけだった。

 そこに、痩せこけて土色の顔をしたシンちゃんが二人の間にするりと割って入ってきた。

 奥村が引き金を引いた。

「ずきゅんッ」「ずぶッ」

 シンちゃんの背中に弾丸、腹にはナイフの刃先が同時にめり込んだ。

「ぐッぐうううう」声にならない声がシンちゃんの喉から漏れた。

「シンちゃんッ」

 俺は魔法が解けたように我に返り、いそいで駆け寄った。まわりの奴らも俺とシンちゃんを取り囲んだ。逃げようとした奥村を、シンちゃんの部下たちが捕らえた。花菜はその場に崩れ落ちた。

「シンちゃん。大丈夫だ。すぐ病院に運ぶから」

「ああ。狂ちゃん。いやもういいんだ。俺はどうせ、もうすぐ……ぐぶッ」

「しっかりしろッ」

「いいんだ。それよりさ、後のことを頼む。悪かったよ。今回は大変な目に遭わせてしまった。すまん許してくれ」

「何を言ってる。シンちゃんは別に」

「いや、本当にすまん。もっと早く奥村の尻尾を掴まえていたら、狂ちゃんをあんな目に遭わすこともなかった。俺のミスだ」

「なんだって? 良くわからないけど……すると、あれか。今の怪文書はシンちゃんの仕業なのか?」

「ああそうだ。なかなか確証が取れないまま、奴を泳がせて仕組んだって訳だ。15<年前、野球賭博でシノギを削っていた奥村と矢萩、二人の対立がことの発端だったんだ。奴は盟友である矢萩、つまり花菜の兄貴を殺したんだ。さらにO市のシマを奪い取るための姑息で卑劣な行動に出た。俺は奥村をずっと追っていた……ごふッ」

「そんなことが……わかった。わかったからもうしゃべるな」

「いや、聞いてくれ。狂ちゃんが探偵として関わってきたのを見て、これはしめた、奥村をあぶり出せると思ったんだ。そうしていろいろ画策した。そんな俺が……こうなるのはきっと運命だったんだ。だが後悔はしていない……」

「なんだって……てことはつまり、もしかして野球で決着をつけろと先代が言ったっていうのは」</「ああ作り話だ。誰も血を流さないようにと俺が画策した」

「そんな……」

「それからな、優香を花菜に近づけたのも俺だ。悪く思わないでくれ」

「な、なにィ。何のためにそんなことを?」

「あのな」シンちゃんは俺に耳を近づけようにうながした。

「ここだけの話しな。すでに署内で狂ちゃんを疑い狙っている者が何人かいる。これ以上は庇いきれないんだ。だからすぐに二人で逃げろ」

「あ、ああ……そうか」俺は少なからず動揺した。そうだよな。いつまでもこのままでいられるはずがない。それにしても……一番の策士はシンちゃんだったという訳か。

「おい。奥村の拳銃と、それからナイフだ!」

 シンちゃんはありったけの声で叫んだ。部下が拳銃とナイフを手渡すと、シンちゃんは最後の力を振り絞り、よろよろと立ちあがった。いったい何をする気だ。

「ここにいるみんな、聞いてくれ。俺は末期ガンなんだ。もういくばくもない。すでに余命期間も尽きてる。だがな、寿命をただ待つなんてのはまっぴらゴメンだ。俺は自分の病気を嘆いて今、ここで自殺を図る。そういうことにしてくれよなッ」銃口とナイフを自分の腹に当てた。

「よせ、シンちゃん、やめろ!」

 次の瞬間、銃口が火を吹き、そしてナイフがシンちゃんの腹にめり込んだ。

「わああああ」俺は倒れたシンちゃんにふたたび飛びついた。

「なんてことを」

「フフフ……これでいい。馬鹿な人生だったけどさ、わりと幸せな人生だったよ……」

 シンちゃんはにかっと笑った。そして動かなくなった。

「シンちゃん、シンちゃーん」

 俺は号泣した。

 秋の夕日がシンちゃんの横顔を赤く照らしていた。

 どこからともなく、もの哀しいメロディの口笛が流れていた。


 その夜、俺と優香は教龍会の懇親会に出席した。

 お祭り騒ぎの喧騒の中で花菜に呼ばれた。花菜は特におとがめなく済んだようだ。一世一代のシンちゃんの最期の芝居は無駄にはならなかったのだ。優香はエルド・ラーデの従業員達とにぎやかに談笑していた。

「いろいろと迷惑をかけちゃったわネ」花菜は言った。

「いやあそんなことは。仕事だから」

「よかったらうちで一緒にやらない?」

 そう来るか。半分、予期してはいたが。「せっかくのお誘いですけど……それは無理です」

「そう……残念ね。ワタシね、これでも本気だったのよ。だからあなたの気を惹こうといろいろ経歴を偽ったり、同情を誘ったり……ホントに馬鹿みたい」

「いや、そんなことは……」

「いいの。優香ちゃんと話して、はっきり感じたわ。あなたと彼女は特別な絆で結ばれている。私の入る隙間なんて有るわけがない。だから諦める。そのかわり、今後、絶対にあの子を裏切ったりしないで」

「ああ。う、うん」俺は曖昧な返事しかできなかった。

 花菜の目が鋭く光った。俺は背中にびっしょりと汗をかいていた。すでに花菜は川島会長の跡を継いだ女極道の貫禄を見せつけていたからだ。

「これから4つの組を束ねて行くのは大変だね」俺はお愛想を言ってみた。

 そこへ天見親分が上機嫌でやってきた。

「いやあこれからは3つの組になりますから。なッ」

 天見の後ろには女装した小倉野親分が控えていた。いつものガサツな雰囲気が消えてすっかりしおらしくなっている。女らしい服装だった。えっと、あれ?

「天見組と小倉野組は今日からひとつになりやすんで」天見と小倉野が頭を下げた。

「えーと。あのう……それって」

「あ。ワタシ女ですよ。れっきとした」小倉野親分が恥ずかしそうに答えた。

「つまり、俺達結婚するんで」天見が笑顔で答えた。

 えーー? 全然気付かなかった。

「あ、それは、おめでとうございます」あっけに取られていると、黒井親分と出院親分が腕を組んで登場した。出院はバツ悪そうにはにかんでいる。

「あ、実は俺たちも一緒になるんで。これからは二つの組で教龍会を支えますから」

「えええーーーー」

「えっと。二人はそういう関係だったの?」花菜がおそるおそるきいた。

「実はずっと前からそうだったんです。あ、ふたりとも男ッスよ」

 もう苦笑いするしかなかった。

 そして、いくらかの謝礼金を花菜が俺に渡してくれた。切り詰めれば半年くらいは暮らせそうな額だった。


 △△市に戻ると、俺は最低限の荷物だけを持って部屋を飛び出した。優香は花菜のことを何も口にしなかった。鋭い彼女のことだ。おそらく感づいているに違いないが触れずにいた。

 これからまた果てしない逃亡生活が始まるのだ。そのことに気持ちが向かっていた。

 窓際のスズランの花は枯れていた。

 岡林所長には明日にでも電話をしようと思う。最後に岡林探偵事務所マニュアル10カ条をひとつだけ記しておこう。一番好きなヤツだ。


 命が危うくなったら逃げろ。闘うな、すぐに諦めろ。


 ノー・ネバー・ギブアップてことだ。



   続く

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