第8章 かなしき口笛 36
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
⑶ 死闘の彼方
その7
少々脱線が過ぎたようだ。元の路線に戻そう。
それからの両軍の戦いはこう着状態を続けることとなった。レアドンの投げる球の勢いは衰えることなく誰も打てずに回が進んだ。我がスーパーピエールズもレアドンとテリーを敬遠する作戦に出るともう点を取られることはなくなった。星野の投球は冴えわたり、次々と三振凡退の山を築いていった。試合は極道者も黙り込むほどの緊張感溢れる投手戦となった。
そもそもこの戦いとはいったいなんだったのだろうか。元は血を分けた兄弟組織でありながら血で血を洗う抗争となりかけたことが発端だ。その寸前でシンちゃんが仲裁に入り、野球でカタをつけようということになったのだ。
神龍会と教龍会の争いのタネはパラダイスグループ総裁のグランドマザーの死だった。初めは天見組若頭の伊藤が疑われた。彼が殺したわけではない。二人はなんと愛し合っていたのだ。それを真っ向から天見組のしわざと決めつけ、パラダイスグループの差し金で神龍会がいきなり攻め込んできた。
どうにも話が出来過ぎているような気がする。これはきっと誰かが裏で絵を描いているのではないのか……第6感とも言うべき嗅覚がそう感じさせていた。さすがにこの試合で優香がいきなり花菜に近づくとは夢にも思わなかったことだが……いや待てよ。それすら誰かの企みなのではないか?
相当な策氏が相手側についている。それはいったい誰だろう。
ゴッド・ハンズを率いる監督はあの奥村竜也だ。さすがに1回表の2点しか取れずにゼロ行進を続ける自軍の選手にしびれを切らし、はげしく檄を飛ばしていた。あの冷酷無比な男が湯気を吹く薬缶のように苛立っていた。あいつがもしかしたら……。
しかし、証拠もなければ確証もない。
そして迎えた9回の裏。スコアは0対2のまま、先頭バッターは俺だ。俺達は円陣を汲んだ。
「いいか。まだまだこれからだ。絶対にネバーギブアップだけはするな。ネバーギブアップだけは駄目だ。わかったか」天見キャプテンが叫んだ。
「おおうー」全員の咆哮がひとつになった。
そうだ。ネバーギブアップだけはしちゃダメなんだ。絶対にダメだ。ノー!ネバーギブアップ!
みんながひとつになった瞬間だった。
そこで俺は進言した。
「ここまで3~4回バッターボックスに立ってレアドンの球を見たはずだ。いくら早い球でもバントくらいは出来るだろう。バットを止めてこつんと当てるだけだ。それをあいつらの素人守備がどう処理するかだ」
「なるほど。それだ。それでいこう!」
気付くのが遅すぎる気がしたが、みんなの意見がまとまった。
作戦は見事にハマった。バントしてレアドン以外の内野に転がしさえすれば、その守備は素人以下、全く話にならない。エラーでいくらでも出塁、進塁が出来た。あっという間にノーアウト満塁となった。
そして4番の星野の登場だ。気落ちしたレアドンが失投した。よれよれの球がど真ん中にいった。
かきーん!
ボールは弧を描いてスタンドに吸い込まれた。逆転サヨナラ満塁ホームランだ!!
勝った、勝ったぞ! 俺達はマウンドに立つ星野の周りに集まり、胴上げを始めた。星野の次に天見親分、次に誰、誰と全員が順番に胴上げされた。
「冗談じゃねえ! こんな試合無効だ。こんなの関係ねェ。やっぱ抗争だ! 死ぬか生きるかの戦争だ」奥村がひとり気を吐いた。「たかが野球ごときで俺の道がつぶされてたまるかッ」
シンちゃんが奥村に近寄り平手打ちを喰らわせた。
「だまれッ奥村よ。男が飲んだ約束だ。さっさと△△市に帰れ。今後は全て教龍会に従ってもらう」
「うるせえ。そんな約束、糞くらえだ。俺は俺の好きにやらせてもらうぜ。いいか、お前ら。覚悟はいいなッ」
奥村が振りかえると、神龍会の陣営は静まり返ったままだ。
「なんだお前ら。俺の言うことが聞けねえってのか」
「奥村さん、あんたこそどうなんだ。この試合で決着つけようってのは男が交わした約束だ。いさぎよく出来ねえのかい。仁義ってもんがわからねえのか」
神龍会傘下の大所帯、花菱組の親分が凄みを効かせた。
「お前ら。なんだよ急に」
「これを見ろ。この紙に書かれているのは本当なのか?」
花菱親分はふところからA4サイズの紙を取り出した。そこに書かれた奥村のこれまでの悪事について読み上げた。
「かつて少年院を出所し、行くあてのない少年奥村は拝会長に拾われてこの渡世に身を置くこととなった。しかし、出世欲の強い奥村は策を弄してでも我が身がのし上がることだけに執着してきた。そのために平気で身内を貶め、兄弟を殺し、親を騙して生きてきたのだ。手はじめに15年前、ライバルと目され若手で台頭著しかった教龍会に席を置く矢萩修一をだまして飲みに誘いこみ、どろどろに酔わせたあげく川に落とした。また、ある時は……」
じっと聞いていた奥村の顔は見る見るうちに怒気を含み、殺気立っていった。
「嘘だ。誰が書いた。そんな戯れ言、誰が信じるっていうんだ。陰謀だ。企みだ。やめろーッ」
奥村は拳銃を取り出した。どうやらオモチャではなさそうだった。
振り向くと、いつの間にか花菜が俺の後ろにピタリと身を寄せて震えていた。
続く




