第8章 かなしき口笛 35
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
死闘の彼方
その6
相手のやる気をそぐための作戦のようだが、いまいち幼稚過ぎる。いったい何がしたいんだよ。
俺は自軍の連中が何を考えているのか、あきれながら疑わざるを得なかった。ようするに目立ちたいだけなのではないのか<?
それよりも気になるのはスタンドに陣取る女二人だ。優香と花菜はいったい何を話しているのだろう。時々、お互いうなずきながら、真剣に話し込んでいる姿が目についた。優香と目があうたびに睨みつけられているようで生きた心地がしない。不思議なことに時おり二人は笑顔を見せていた。ただし目は笑ていないようだ。笑っていた。それはそれでもっと恐ろしい。
さて、2回の表トップバッターはアントニオ力道、欧州の血が濃いような顔つきだった。こいつもなかなかのガタイの持ち主だ。身長は2メートル近かった。
「パワーガアレバ何デモ打テル。バッチ来イ!」どこかで聞いたようなセリフを吐いた。
星野は思いきり振りかぶった。ずばーんッ! 小気味良い音がキャッチャーミットにさく裂した。鋭いスイングだったが、バットの軌道は大きく離れていた。
2球目も同じだった。
「フウーム。サスガノ球筋ネ……ターイム!」アントニオはタイムを要求した。そしてベンチへ向かった。何をするのかと思いきや、バットをもう一本左手に持ってバッターボックスに入り直した。</「タイム離シタ」そして2本のバットを勢いよくまわし始めたのだ。
「サア来イ。本物ノ二刀流ヲ教エテヤルヨ。オオタニトカ、ソモソモ二刀流ジャネエシ。宮本武蔵ノ真髄ヲ見セチャルネ!」
タイムはいちいち離さなくてもいいはずだが……こいつは意外に律義なのかもしれない。アントニオはバットを滅茶苦茶というか、闇雲に振り回した。しかも目にも止まらない速さだ。バッターボックス上で2本のバットが扇風機のように激しく回っている。その風圧がビュンビュンとライト方向まで届いた。
「これはいいのかよ?」天見親分はさすがに振り向いてシンちゃんに声をかけた。
「もういいやらせとけ。セックスや麻雀に比べたらはるかにましだ。このまま続行!」
シンちゃんも呆れるばかりだ。
「ヘイ、ピッチャー!サア来イヤ」アントニオはどこ吹く風だった。というか、その風を自ら起こしていた。
場内がかたずを飲んだ。星野は躊躇していた。
「いいから、ど真ん中に放れ!」天見が言うと、星野はミットめがけて投げた。扇風機の中に吸い込まれたボールがこつんという音をたてて跳ね返り、ふらふらと舞い上がった。俺は前進してグラブを構えた。捕った。
「アウウ―ツギダッ。1ノ次ハ2、3、ダァー」アントニオは負け惜しみを叫んだ。そりゃ片手じゃああんなもんだ。よくここまで飛んだよ。すごいぞアントニオ力道!
次のバッター、エレキテル蓮伍、芸名なのか本名なのかはわからないが穴グラから出てきたモグラの様な印象の小男だった。南国系だろうか。エレキテルはいきなり逆立ちした。バットを両足で挟んでいる。なんだこの構えは? これもありなのか。
「くらえ。魔打『プサンコウヘカエレ!』」
イヤ、マダ待て。天見が振りかえったが、シンちゃんは首を横に振った。
え~ありなのかよ。星野は首を捻りながらも第1球を逆立ちしたエレキテルに投じた。足で振りまわしたバットはなんとバットの芯に当たり、ライナー性の当たりが3遊間を破った! ヒットだ。</ エレキテル蓮伍は逆立ちのまま一塁へと走った! 歩くよりも遅かった。ボールはレフト黒井から中継を挟んでファーストへ。あえなく蓮伍はアウトとなった。ファースト伊藤が肩を落として去る蓮伍に声をかけた。
「なぜ逆立ちなんだ。打った後は普通に走ればいいんじゃねえの?」
「あ、それだ! そうだった……くそー俺も魔打、魔打だ」ひとりブツブツ言いながら去っていった。
次は9番卯巣裸 葉毛。こいつは何も特徴はなかった。ロン毛が印象的なだけだ。
いきなり打った。打球はセンター方向へ。あわやという打球だ。しかし、センター間抜 伍作の守備範囲だ。なんなく捕球した。
そして、場内が静まり返った。スイングとともに吹き飛んだヘルメットとロン毛が……ホームベース上に落ちていた。卯巣裸の頭は太陽よりも光り輝いていた。
さあ、3アウトチェンジだ。
続く




