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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章 かなしき口笛 32

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


⑶  死闘の彼方 


 その3


 両軍の挨拶が終わり試合開始のサイレンが鳴った。

 季節外れの陽気の中、ぎらぎらと太陽がグラウンドを焦がしていた。しかしそれ以上に、観客席のボルテージは最高潮に達していた。ガラの悪い連中がほとんどを占めているため、その応援は過激な罵倒合戦でもあった。

「ぶっこ○せ!」「川に浮かべるどコラ」「セメント詰めにしてやる」「全員山に埋めちまえッ」  物騒な単語が多く見受けられた。冗談とは全く思えないところが怖かった。

 そんな中、星野の第1球が放られた。

 星野哲男は絵にかいたような熱血漢だった。相手ピッチャー、レアドンの投球練習を見てさらに闘志に火がついたようだった。高校では相当鳴らした口だ。もちろん草野球のレベルをはるかに超えている。天見親分もまた高校球児だった過去があった。ここは経験者にバッテリーを組んでもらうことにしたのだ。

「ずばあんッ」「ストライクッ」審判の声が響いた。

 するどい内角をえぐる直球が決まった。球速は130キロ後半だろうか。素人が簡単に打てる球ではない。1番バッターの小柄な殿原はのけぞるようにして球から逃げた。

 続けて2球が投じられ、殿原は手も足も出ず三球三振に仕留められた。 殿原は悔しさよりもただ茫然として立ちすくんだ。「アウトッ」審判に言われ、すごすごとベンチに戻った。

 互いの応援席はヒートアップしていった。ビールの空き缶やワンカップの容器が投げ入れられた。「危険ですからグラウンド内には物を投げ入れないでください」ウグイス嬢の声は悲壮感が漂っていた。さっそく球場スタッフ、といっても警察関係者だが、投げ入れられたそれらのゴミを片付けながら、極道者どもににらみを利かせるのだった。

「コラ、お前ら。いい加減にしろ。また臭い飯が食いてえのか。いつでも歓迎するよ」

「うるせえタコ野郎。誰が掴まるようなヘマするかよ」

「おいおい。笑わせるな。すでに公共の場での妨害行為、迷惑条例違反、それに公務執行妨害も付けられるんだぞ。わかってんのか」警官の一人が手錠をブラつかせると騒いでいた極道者は大人しくなった。

 続く2番西万作は、大相撲のスカウトが来るんじゃないかという程の巨漢だった。当ればでかいと思わせる風体だ。その威圧感は半端ではなかった。素振りを始めると、扇風機のような風圧をもたらした。しかし、空振りを繰り返してあえなく三振に切って取られた。ボールとバットの間隔はだいたい20センチ以上も離れていた。

「ごっつあんです」意味不明なことを言って西はバッターボックスを去った。

 さて、次が問題だ。バッテラ・スーシ・レアドン、出身はドミニカ共和国だという。アメリカの3Aに所属したこともある元プロベースボール選手だ。鍛え上げられた身体は引き締まっており、風格が漂っていた。

 右バッターボックスに彼が立つと星野はそのオーラを感じ取り、しびれるような緊張に包まれた。180センチを超える身長から射すくめられ、星野はビビったのだ。

 そして投じた第1球は失投だった。120キロに満たないひょろひょろの球がど真ん中に行った。

「しまった!」

 ボールはレアドンが振り切ったバットの真芯に当たり、軽々と飛んでいった。バックスクリーンに突き刺さるホームランだ!

 一蹴の静けさがどよめきとなり、そして歓声が沸き起こった。

 あっけにとられた星野は力なく球の行方を見守る他なかった。レアドンはゆっくりとベースを回り始めた。右手の人差し指と中指を左手で包むという不可解なしぐさをした。そのことは場内の誰もが気付いていたのだが、一切言及されることはなかった。 

 その時だ。セカンドを守る岩城権造が異様な行動を取った。

 レアドンが2塁ベースに向かうところでそれは起きた。岩城は2塁ベースを抜き取って抱きかかえ、そのままセンター方向へと走りだした!!

「点が欲しかったら俺を捕まえて見ろ、ほら」

「あ、それは……駄目なやつじゃ」俺は茫然とライトの守備位置から岩城を見守っていた。

 場内は静まり返り固唾を飲んだ。



  続く

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