第8章 かなしき口笛 29
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
⑵ 夏の終わりに
その13
「いいか、たった今からお前たちの揉め事は俺が全部預かる。今さらこんなチンケな街でドンパチでもあるまい。喧嘩は今後、一切禁止だ。野球で決着をつけろ!!」
シンちゃんの言葉に多くの者はが反発した。残った教龍会の者たちも当然不満たらたらだった。<「警部。あんた本気でそんなこと言ってんのかよ」黒井親分がシンちゃんに詰め寄った。
「誰が今さらそんな球遊びで納得するんだよ。馬鹿か」
「バカバカしい。そんなら平場のレースか、ばんえい競馬でケリつけた方がまだマシだ」小倉野親分も加勢した。
「うるせええ!! 相変わらずおめえ達はいい歳しやがって、いつまでたっても糞ガキだな」
シンちゃんは少しもひるまなかった。
「まあまあ。ここは一滴も血を流さずに済むかも知れねえって話だ。警部の提案に乗ってもいいんじゃねえのか。会長同士の話しも出来てるってことだし」
「そうかも知れねえ。でもよ、下手するとその野球てのもくせもんだぜ。案外かなりの血が流れるかもよー」出院親分が吐き捨てるように言った。
小倉野が不敵な笑みを浮かべていた。「やるからには投げて打つぜ。昔、中学まではエースで4番よ。高校ではまあそれなりだったけどナ」
「おぐちゃん、見栄張るなって。高校で不良デビューして帰宅部だったろうが」出院の言葉に小倉野はキレた。
「うるせえ。てめえ殺す!」
出院親分がどつかれそうになって逃げ回ると、それを面白がって見ていたシンちゃんだったが、突然口から泡を吹いてその場に倒れ込んでしまった。
「ぐうう……ふうう」うめき声が喉の奥から響いてくるかのようだった。
「シンちゃん、どうした。大丈夫か?」俺はシンちゃんの顔色を伺った。青白いかげりを深くしたその顔は死相がどことなく漂っていた。
「おい、しっかりしろ!」
「ふう……ふう……」シンちゃんは白眼をむいている。
「おい、死ぬな」
「藤崎警部!」
「救急車だ。いや、誰かのクルマですぐ病院に。いや、まて。なんなら覆面パトで」
黒井も慌てている。
「藤崎……」
親分たちが集まりシンちゃんを介抱しはじめた。やがてシンちゃんは徐々に回復していった。
かなり血の気が戻ってきた。
「ああ……すまん。いや、大丈夫だ。なんとか……持ちこたえた」
「シンちゃん、どうなんだ今の状態は。かなりヤバいんじゃないのかい」俺は訊かずにはいられなかった。
「うん。まあまあだ」
「大丈夫なんだろう」
「実を言うとな。俺の命の期限はだいたいあと1~2カ月なんだ」
「なんだって?」
「だからな。これは俺の最期の仕事だよ」
「そんな……」
「少しだけ……いいかな。眠らせてくれないか。昨夜は寝てない上に、少々暴れ過ぎたよ……」シンちゃんはその場で、疲れ切った顔ですうすうと寝息を立てて眠り込んだ。
それから俺達は死に物狂いの練習を開始した。正にスポ根漫画を地でいくような必死の特訓だった。高校野球の経験者である出院組若頭の星野哲男が陣頭指揮を執った。つまり彼がチームの監督・指導者でありキャプテンであり、主力選手でもあった。その下に小倉野、出院、回復した天見、黒井、伊藤、そして俺もなぜかメンバーに加えられた。成り行きでそうなったし岡林所長はかまわん、とことんやれとの指示だった……いいのかよ、それで。他にも若い馬力のある者が選手に選ばれた。だが野球経験者はほとんどいなかった。だからルールを覚えるさせるのも一苦労だった。1カ月の合宿の成果でどうにか草野球程度の動きは出来るようになっていった。
時おり、敵対勢力の神龍会の情報も聞こえてきた。同じように必死のトレーニングをしていると思いきや、彼らは割とのんびりしていたようだった。一日の練習はほんの数時間だという。そのかわり、プロレベルの助っ人が2名加入したのだという。
俺達は青春をやり直すかのように汗だくになり、根性を鍛え直し、顔は真っ黒に日焼けした。階段をうさぎ跳びして上り重いコンダラを引きずってグラウンドを歩いた。
コンダラというのはもしかしたら間違っているのかもしれないが、あのコンクリート製の円柱の物体をゴロゴロところがすヤツだ。そうして試練の道を行くのが、男のド根性だった訳だ。真っ赤に燃える夕日に向かって。</p>
そして暑い日がこれでもかというくらいに続いた。
暑さに陰りが見え始めたころ。いよいよプレイボールとなった。
神龍会『ゴッドハンズ』対 教龍会『スーパーピエールズ』の互いのプライドとメンツを賭けた試合の……幕が切って落とされた!
続く




