第8章 かなしき口笛 28
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
⑵ 夏の終わりに
その12
「いいか、たった今からお前たちの揉め事は俺が全部預かる。今さらこんなチンケな街でドンパチでもあるまい。喧嘩は今後、一切禁止だ」
「ちょ、待ってくださいよ。俺達は何も揉め事を起こしに来たんじゃねえ。今度計画している港湾開発の下見に来ただけだ。なあ、みんな」
奥村が白々しいことを言うと、神龍会の奴らはそうだそうだと口々に言い放った。対立する教龍会の者たちはふざけるなと罵声を浴びせた。シンちゃんは口をへの字に結んで神龍会の隊列の方へと歩き出した。数人の部下があとに続いた。
「おい大丈夫か。天見」
若い構成員二人に抱えられてうなだれている天見親分のそばにゆくと、シンちゃんは声をかけた。「ああ。おやっさん。しばらくでした。いつこっちに?」
「おめえ達の噂を聞きつけてな、最期のご奉公にやってきたのよ。さあ、掴まれ」
シンちゃんは天見親分を両脇で掴んでいる若い衆を蹴飛ばすようにして振り払った。
「すまねえ」
よろよろと倒れそうになりながら天見親分はシンちゃんに身を任せた。
「お前らの考えてることは全部お見通しだ。これ以上犠牲者を出すようなことは絶対にさせねえからな」
「このままじゃおさまらねえよ。俺たちだってだまっちゃいられねえ」天見が口を開いた。
「いいから。お前はしゃべるな。おい、病院へ連れて行け」
シンちゃんは部下を呼びよせて天見親分を預けた。天見の部下たちがその後を追った。
もう一度シンちゃんは全員の前に立ちふさがった。
「いいか。お前達の恨みつらみ、収まりのつかねえ怒りとかはな、全部こいつで決着をつけるんだ」シンちゃんは白いボールをその手に掲げた。
「はああ」「なんだと?」
「それぞれ自分達でチームを作れ。ベンチ入りは15人までだ。今日から死ぬ気で練習するんだな。負けた方が勝った方の言い分を聞く。それだけだ。わかったな。オレが審判を勤める」
「なんだって」「ふざけるな」「イカれてんのか」「冗談じゃねえ」
不満の声が噴出しあたりは騒然となった。構成員達はそれぞれに互いの顔色を伺いながら舌打ちをし、呆れた顔でざわついた。
シンちゃんの目の前の男が不貞腐れたようにつぶやいた。「誰がそんな馬鹿な話聞くもんかよ……」グッという唸り声を上げて男は倒れ込んだ。あっという間の早わざだった。シンちゃんは鮮やかなとび蹴りを男にお見舞いしたのだ。苦しみながら転がる男の横にシンちゃんはかがみ込み、その体をさするようにして胸元から拳銃を取り出した。
「なんだ。こいつは。銃刀法違反の現行犯だな。おい、しょっぴけ」
ただちにシンちゃんの部下が男を取り囲んで連れ出した。シンちゃんは背広についたほこりを振り払いながら続けた。
「いいか、こっちは全て話を通してあるんだ。神龍んとこの拝、教龍の川島ともな。川島の爺さんとは死ぬ前からの約束だ。拝も今は寝たきりだが、元気な時からの男の約束だったんだ。泣いても笑っても野球で決着をつける。わかったか。1ヶ月後の今日、午後1時プレイボールだ。好きなようにチームを組め。部外者の助っ人は外人ワクとしてチーム2名までだ。試合のルールは高校野球と同じ。じゃあな、せいぜいきばりや」
奥村がいつもの冷静さを失ったかのように憤怒の顔でシンちゃんを睨みつけていた。
「おい、わかったのか。お前もすぐバッティングセンターにでも行って練習始めろよ。なんならH道警察チームと練習試合してやってもいいぜ。稽古をつけてやる」
「うぬぬ……」抑えきれない怒りに震えていた。
「いいか。ここで全員をしょっ引くことだってできるんだ。機動隊も待機させてある。みな持ってんだろ」シンちゃんは取り上げた拳銃を奥村の鼻先に差し出した。
「あ、いや。それは……」
「じゃあ、さっさと馬鹿ども引き連れて行けよ」
「くそお。覚えてろよ」奥村はしぶしぶ構成員に号令を出した。
あっという間に埠頭からならず者たちは去っていった。
一部始終を見ていた俺は開いた口がふさがらなかったが、いても立ってもいられず、シンちゃんのもとへ駆けつけた。
「シンちゃん。なんだよ。いったいどうして。それより体は、大丈夫なのか」
「おいおい、狂ちゃん。いっぺんに質問ばっかぶつけんなよ。朝飯はまだなのか。どこかメシでも食うか」
「ああそうしよう」
どうやらシンちゃんはこの街でかつて勤務していたということのようだ。俺の知らないシンちゃんの過去が垣間見えた瞬間だった。
続く




