第8章 かなしき口笛 27
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
⑵ 夏の終わり⑵
その11
朝焼けの中、おびただしい数のクルマが狭い港湾へと向かう道を進んだ。
瞬く間にO市の港、中央埠頭には相容れない者たちで溢れかえった。その数は双方合わせて約600人。とてつもない数だ。
こんな漫画を昔、俺は少年ジャンプで読んで育ったんだ。そう、あれは『男一匹ガキ大将』という漫画だった。あの漫画のおかげで俺は人の道を外れずに生きてこれたのではないかと思う。あ、すまん。人の道はすでに外れていたのだった。いや、だからこそ俺は、弱き者を助け強きをくじくみたいなことになり、そしてあんな目に……いや今となっては何が正義で何が悪なのかさえ、俺にはわかりはしないのだった。もしも、戸川万吉が俺の立場だったなら一体どうしたのだろう。まさか、俺のようにいきなり背中を刺したりはしないだろうが……けれどそのままにしてはおけるだろうか。あんな男を許せる万吉ではないはずだ。いったいどう決着をつけただろうか?
最後に発進した花菜の部下が運転するクルマに、花菜と俺とナカムラさんは乗り込んだ。中央埠頭までの短いドライブの中で俺はそんなことを考えていた。
血気盛んな若い連中にとっては男を上げる、箔をつける大きなチャンスだった。それは大昔の戦国時代のしきたりと実は何も変わらないのだ。戦場で大きな働きをした者が一番偉く、そのあとに大きなチャンスを得ることになるのだ。だから、下っ端の者ほどいきり立っていた。しかし、それは馬鹿げている。この令和の時代に、腕っ節が強ければいいってものではあるまい。関ヶ原以前の常識が通用していいはずがない。
このコンピューターの時代にチャンバラなのかよ……俺はそんな風に感じていた。
神龍会の奴らは、O市の縄張りに奇襲攻撃をかけるつもりでこんな早朝に大人数を集結させた。忍び込ませていたスパイからの情報はすでに届いていた。
それにしてもこの人数は尋常じゃない。下手したら数十の死人が出ることだろう。負傷者の数はさらにそれを上回るだろう。
血で血を洗うすさまじい闘いが今まさに幕を開けようとしているのだ。
バタンバタンと埠頭にたどり着いた者から次々とクルマを降り、神龍会の集団へと近づいた。先端同士が約50メートルほどの距離で対峙することとなった。
先頭には出院、黒井、小倉野の親分たちがいた。
「コラァ! 悪さはそこまでにしろ。天見をすぐに返せ。お前ら一体何しに来たんだ。コラ」
出院親分が真っ先に口火を切った。その口調はかなりの迫力があったが、神龍会の奴らはせせら笑うばかりで全く意に介してはいないようだった。
それでも命知らずの教龍会の寄せ集め構成員は、竜神会の奴らを徐々に取り囲むように移動した。すると、明らかに神龍会の連中はひるんだ様子を見せた。
俺はそれを見て、攻め込むチャンスだと感じた。しかし、それは素人の考えに過ぎずチャンスは一瞬にして過ぎ去った。
すぐに神龍会の奴らは息を吹き返すかのように威勢の良い罵声を浴びせ返した。
「死にたくなかったらよ、帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってねんねしな。俺達は本気だぜ。皆殺しだ。ぶっ殺す」
「なんだとお。こらァ」
「いっぺん死ねや」
「ふざけんじゃねえ」
互いが少しも譲らず、一触即発の緊張あふれる雰囲気がますます高まっていった。今にも互いの先鋒隊が飛び出して、競り合いの末に最初の犠牲者が何人も出るかと思われたその時だった。
パアーンと乾いた拳銃の音がした。誰かがしびれを切らして発砲した。銃声が響いた方向へと居合わせた者たちの視線が集まった。
「おい、お前らええ加減にせいよ。オラこっちを見ろよ」
そこにはショボくれて痩せこけた背広姿の中年が立っていた。
「あ。シンちゃん」
俺は一瞬で泣きそうになった。故郷の○○市で刑事をしているはずの、余命いくばくもないはずの、なぜか俺をかくまってくれたあのすすきの風俗マスターのシンちゃんだった。
「あ。なんでこんなところに」
シンちゃんは俺の姿に気付いたかどうかはわからなかったが、対峙する馬鹿どもから少し離れた埠頭の外れに立ち、周りを見渡しながらもラッパ型の拡声器を口に当てて叫んだ。
「どうしようもねえクズの集まりのみなさん方。もうここらで良いだろうが。なあ、奥村よ。それに出院、黒井、小倉野よ。おめえらのくだらねえ縄張り争いに善良な一般市民を巻き添えにする訳にいかねえんだ。わかるよな。なんだたら地獄の底までおめえらを追いてっからな。ええ、おい」
シンちゃんは相変わらずの迫力で極道どもを責めた。
気がつくと、覆面のパトカーが次々と赤色灯を回してここ中央埠頭に集結してきた。あっという間に俺達は取り囲まれてしまった。
「くっそー」
「これじゃどうしようもねえ」
倒れている天見親分を足蹴に取り囲む神龍会を取り囲んだ教龍会の者どもを、さらに警察の機動隊が取り囲んだ。絶体絶命の場面だった。
シンちゃんは奇妙なことを言いだした。
「なあ、お前ら。この場は全部俺に預けろ。とにかくいったんは引け。この幕はちゃあーんと下ろす。今とは別の方法でな。いいか、俺のいうことを聞けッ」
シンちゃんはやせ細った身体からは想像もつかないような力強い、張り裂けるような艶のある声で極道どもに言い放った。
そして次に出てきた提案は思いもよらない、マジかよと思うような提案だった……。
続く




