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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章  かなしき口笛 26

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」

(2)夏の終わりに 


 その10


 朝焼けの中、O市中央埠頭にはすでに神龍会の構成員たちが整列していた。

 俺達は埠頭を遠巻きに見渡せる高台に陣を取り、身を隠すようにして彼らの動きを見守った。続々と味方の兵隊達も集結していた。構成員たちは皆、黒のスーツに身を固めていた。集団の前に海を背にした男が立っている。神龍会のナンバー2と目されている奥村竜也だ。冷酷非道で隙のない機械の様な人間だと称されている。

 総勢300人を超える数だ。神龍会の本気度が遠巻きからでもひしひしと伝わってくる。奴らは本気だ。

 もともと教龍会と神龍会というのは戦後のどさくさの中でH道にしのぎを求めて流れてきた、関東の端っこに小さな一家を構えていたおがみ組がルーツだ。

 その昔、公儀介錯人として徳川家に仕えながら柳生一族の反感を買い、お家断絶、一族を皆殺しされ刺客人となって全国を放浪したあの『子○れ狼』と称された拝家の流れを汲む一家らしい。こういった世界ではよくある箔をつけるための後付けの家系図なのかも知れないし本当のところはわからない。

 流れ流れてH道。拝家の兄弟が△△市とO市をそれぞれ束ねることになったようだ。かなり悪どい商売も手掛け、地場のヤクザとも小競り合いを繰り返しながら飛ぶ鳥落とす勢いで成長してきた。近年それぞれの組織が大きくなるにつれ、不穏な動きが散見され、川島会長の先代辺りからは双方が話し合って枝分かれした上で絶縁、今に至るのだという。

 基本的に双方のシマを脅かすことはしないという暗黙の了解だったのだが、その均衡に今回のパラダイスグループ総帥、玉造家のグランドマザーを死に追いやったことで均衡は破れ去った。標的になったのは首謀者と目される天見親分だ。彼は今、神龍会の手に落ちている。実行犯は天見の部下、伊藤がもちろん疑われている。伊藤は花菜の部下が今、匿っている。

 彼らの要求はわかりきっている。伊藤の身柄引き渡しと天見組のシマの譲渡が最低限の要求となるだろう。あるいはもっと欲深い要求を仕掛けてくるかもしれない。そのためのこのたびの奇襲だ。人質はもはや天見親分だけではない。そう、O市の罪なき市民全員が人質となるのだ。

 奥村率いる構成員たちはかなり訓練されていた。一糸乱れぬ統制が取れているのは明らかだった。奥村の檄を飛ばす声に一斉に隊列は右こぶしを振り上げる動作を繰り返した。何を言っているのかは聞こえてこないが、その緊張感と圧倒的な威圧感は否応なく伝わってくる。

「これは厄介なことになったな」

 いつの間にか隣に身構えていた小倉野親分が口を開いた。この人は普段口数が少ないが、一度口を開くととめどなく言葉があふれるタイプだった。

「あの男は苦手だな。何度か会ったことがあるよ。そもそも生きている人間っていう感じがしないんだ。機械のように冷静でさ、眉ひとつ動かさずに人を殺めることが出来るタイプだよ。イヤだねえ。あんなのよりは天見んとこの伊藤の方がまだマシさ。あいつは義理や人情を少しは心得てる。競走馬くらいには忠誠心もある」

「手厳しい評価ですネ。でもさすがに競馬で一家を食わせるだけの器量をお持ちの小倉野親分だ。噂は聞いております」

「あんた、前にアイバで見かけた。探偵だって? 馬は正直なんだ。嘘をつかないよ。人間は嘘ばっかりだからどうしようもない。どいつもこいつもウンコ製造機ほどの役にしか立たん。人糞なんかより馬糞の方が肥料としてははるかに優秀だしな」

「なるほど。小倉野親分は馬に人生を捧げられたんですね」

「ケイバ馬鹿みたいにいうなよ。でもまあ、合ってる。いずれは馬主になって重賞を制覇するのが夢なんだ」

「そのためにも早くこの抗争を終わらせたいですね」

「その通りだ」

 それきり小倉野親分は黙り込んだ。

 その時、こちらの陣営に緊張が走った。二人の構成員に腕を掴まれ、引きずられるようにして天見親分が隊列の前に連れ出されたのだ。その顔は相当に痛めつけられ、腫れ上がっていた。

「親分」

「天見の親分ッ」

「ひでえ……」

 天見の部下達がざわついた。

 後ろ手に縛られてふらついている天見を両脇の男が蹴飛ばした。天見は顔から地面に転げ落ちた。聞こえてはこないが彼の悲痛な叫びは耳の奥に轟いた。

「うおおおッ」

 もう止めることは出来なかった。

 天見組を中心に、若い衆が一斉にいきり立った。次々とクルマに跳び乗って急発進させた。向かうところはただひとつ、あの憎々しい神龍会の隊列だ。

「おおお!!」

 クルマというクルマが全開の窓から半身を乗り出し叫び声をあげて高台を降りて行った。

 血で血を洗う戦争が今始まるのだ。

 太陽はすっかり水平線に浮きあがり、今日も真夏の暑い日差しが照りつけ始めていた。



   続く

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