第8章 かなしき口笛 24
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 夏の終わりに
その8
「俺たちの出番だなッ」
現れたのは出院親分だった。昔懐かしい暴走族風の特攻服といった装いだ。旭日の鉢巻を額に巻き、気合いの入った服装で現れた。「任せとけッ」
すると、その身体を押しのけるように割って入った男がいた。黒井親分だ。ごわごわでごつい感じのチョッキにジャンパーをはおり、鉄火面の様な仮面を被っている。おそらくは銃弾に備えているようだった。「俺が来たからには、奴らの好きには左遷!」
左遷の字が間違っているぞと突っ込みたかったが、それは内輪のことなのでやめておいた。
そこに細面でありながら、独特の威圧感を放つ人物が現れた。あのO市マイカル商業センターのホッカイドウケイバ場外馬券売り場で見かけた親分だった。
ゆらりゆらりと周囲を伺いながら入ってきた。
「くだらない。なんだっていうんだ。たかがヤクザもんがちょっかい出してきたってな話だべ。こっちは忙しいんだ」
不機嫌そうな顔だった。小倉野親分だ。恰好はいたって普通。だぼだぼのジーンズによれよれで大きめの縦じまカッターシャツを着こなしていた。カウボーイならぬホースボーイ、博労だったという過去を推し量るには十分な姿で現れた。
「一日だ。一日あれば充分。奴らを退散させる。それ以上は付き合いきれないし付き合う気もない」
四天王の内3人。小倉野、出院、黒井の親分たちの登場だった。
俺は身構えた。彼らの圧倒的な存在感に気負い負けをしているのは明らかだった。どうにもこうにも、今にも直立して最敬礼をしてしまいそうだった。しかし、俺とたぶんナカムラさんもそこは堪えていた。極道だヤクザだといったところで所詮、俺らと何も変わらない、ただの人間がそこにいるだけだ。そう思うように務めた。
けれど、こういった暴力が絡むような場面では俺たちは圧倒的に不利だ。暴力のプロに対しては暴力のプロで立ち向かってもらう他ないのだ。
これは国と国とが争う戦争とて同じことだ。戦闘員である兵隊が勝ち負けを決するべく戦うのだ。一般人が戦闘に参加する必要はない。しかし、そんな規定は第2次世界大戦、太平洋戦争で吹き飛んだ。一般人を攻撃してはいけないとする国際法はいともたやすく破られた。日本国民は一般人の大量虐殺を目の当たりにした。しかも、当時の敵国はそのことに微塵も罪を感じることもなく、謝罪も賠償も、こんにちまで一切ないのだ。戦争を終わらせるために必要だった。そのひと言で国際法違反はお咎めなしとなっているのだ。
話しがかなり脱線した。すまん。
すると、出院が俺の前に出てきて頭を下げた。「この前のことは済まなかった。この通り。ゆるしてくれませんか」
え? 俺はぽかんと口を開いていたに違いない。「なんのことですか?」思わずこぼれた。
「いえ。天見のとこで痛めつけられたあなた方を、私はいいように弄んだ。そのことはちゃんと謝りたいんだ」
「ああ。それはいいんですよ。後から、やむを得ないことだったと理解しましたから。あなたはあなたの役割を務めた。それだけではないのすか」
出院は深々と頭を下げ続けた。
「そう言っていただけると……ありがたいです」
ぽつりと涙を流していた。こんなに謙虚な極道の人もいるのだなあと俺は不思議な感じがした。ど素人の俺みたいな者もきちんと敬ってくれる……もしかしたらこの世界の人たちは本当に律義でおとなしい人種なのではないだろうか。本当のところはわからないが、そんな印象を植え付けられたのだった。
「俺達はみんな、川島会長に拾われて育てられた。苦しい時を助けあって生きてきた。俺達は兄弟であり、運命共同体であり、心の底からつながった仲間なんだ。だから俺達の絆を汚す奴は何人たりとも許さん」
出院が声高に言った。黒井と小倉野、その部下たちもそれに呼応した。その声は狭いホテルのロビーを覆い包んだ。
「さて、じゃあこれからの戦略を練るとしましょうか。神龍会にはなかなかなかの曲者がそろっているようです」
花菜が指揮を取った。それはそれでなかなか様になっていた。その表情は、凛としていて誰をも寄せ付けない力強さがあった。けれど、ふとした時のくだけたような顔には少女のような幼さと儚さを混在させていた。それは俺にとってますます魅力的な姿に見えてくるのだった。
とにかくその日は神龍会の出方を待つことに大方の意見が集まった。
もしも何も起きなければ明日の朝早く、神龍会の縄張りへと攻めることになる。
その晩、教龍会ではひそかな宴が催された。この街O市のほぼ全員の極道が集まったと言っても過言ではなかった。中には堅気の世界にすっかり身を落としていながら、ここぞとばかりに背中の彫物を見せびらかすようにやってきた中年の姿も目に付いた。いつの世にもいる馬鹿者どもがどこからともなく集まってきていたのだ。
続く




