第8章 かなしき口笛 23
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 夏の終わりに
その7
「パラダイスグループにはすでに情報が届いている頃ね」
花菜は俺の眼を鋭く見つめた。
「ああ、だろうね。事務所には報告書を上げてある。伊藤とミエさんの関係については今日知ったばかりだからそのことは伝えていない。伊藤がミエさんの財産をだまし取った、ということになってる」
「となると、まちがいなく神龍会が動き出すわ。矛先はまず天見組。つまりはO市、教龍会全体への全面抗争よ。伊藤とミエさんの関係がどうだったとか……そんなことはあまり意味を成さないわ。玉造グループにしたら、どちらにしても母親の命とその財産を奪われたことに変わりはないし、神龍会にとっては都合のいいO市への進出の足掛かりが出来たということ……」花菜は眉間にしわを寄せて独り言のようにつぶやいた。
「進出っていうのはどういう意味だ。いったい何が目的なんだ?」
俺は極道の価値観とか行動原理については解らないことだらけだったが花菜が言ったことの意味は、ほぼ理解出来た。それでも『進出』の意味を確かめずにはいられなかった。
「この街に血の雨が降るということ。川島が残したこの街の利権が根こそぎ奪われ、私たちの生きる道が閉ざされるかもしれないということよ」
「いや、だったら血を流す前に、話し合いで解決を」
俺は言った。一般的な考えであり正論だ。だが、この世界の人たちには笑い話でしかないようだ。
「おそらく頭を下げて、教龍会の全員が彼らの傘下に入ると認めればそれで収まるの。それ以外にはないのよ。だけどそれは、川島会長の遺志を踏みにじることになる。なによりもそれを絶対に受け付けないのがこの世界の者たちよ。サカヅキを交わした者の、命よりも重い義理があるの」
なるほど。そういうものかも知れない。映画やテレビで観たヤクザの世界そのままだ。が、そうなると一般の人たちにも危険が迫るんじゃないのか。全面戦争となると、戦場はここO市の繁華街、花園卍街だ。観光客にだって危険が及ぶ。まずい。それだけは回避しなければ。
気まずい空気が流れる中、ナカムラさんが口を開いた。
「まあ、せいぜい気張ってや。悪いけど付き合いきれないね。わたしは高みの見物とさせていただきますわ。ほんじゃ、これで」ナカムラさんが立ち上がろうとしたその時、いかつい顔の男が飛び込んできた。
「花菜さん。天見親分がァ」
「どうしたの」
「神龍会と思われます。駅前で10人ほどにが取り囲んで……一人が死亡、一人は重傷、親分と共に3人がさらわれました!」
「なんだって」
「このままじゃ天見組はやばいです。姉さん、助けてください」
男は、あの旅館の跡地で俺たちを痛めつけた一人だった。俺は男を睨み見つけた。
「あッ」
「おい、あのときはよくも」恨みを込めて言った。
「お前たちは会長の葬儀で……くそ、伊藤さんをどうしたんだ。この野郎」
「はああ? お前こそ、よくも俺たちを痛めつけてくれたな」
睨みあった。男は憔悴した顔を見せた。
「あ、いあ……あれは。すんませんしたァ。仕方なく……上からの命令で」
男を殴りつけようとした俺の腕をナカムラさんが掴んだ。
「まあ、この人はしょうがない。そのなんだ。俺たちの怒りはさあ、神龍会に向けようぜ」
「え? ナカムラさんは部外者で高みの見物じゃないの」
「う。まああれだ。俺だってさ、本当に奴らがこの街を襲ってくるとしたら、だまっている訳にはいかんのだ。ここは生れ故郷だ。生れて捨てられて、死んでまた生かされた街だからな」
そうなのか。良くわからない人だけど辛い過去があったのだろう。どことなく共感できる人だとあらためて感じた。
「じゃあ、三人の親分をすぐに集めてちょうだい。おそらく相当な数の神龍会の兵隊がこの街に向かっているはず。あるいはもうすでに進出しているかも。一刻を争う事態よ」
その時だ。
ばあんとドアが蹴破られた。待ち構えたように貫禄のある3人が入ってきた。
「その言葉を待ってたよん」
「久しぶりに血沸き、肉躍るぜ」
「まあ仕方ありませんね。こうなったら皆殺しだね」
小倉野と出院、黒井、親分たちの登場だった。
続く




