第8章 かなしき口笛 22
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 夏の終わりに
その6
跡目の譲り合い争いだと。馬鹿もやすみやすみ言え!
俺は憤慨した。やり場のない怒りを覚えた。そんな馬鹿げた話があるのものか。夢でも見ているのだろうか。しかも本物の銃をわざわざ殺傷能力を限りなく落してわざわざオモチャに改造するだなんて。馬鹿にするのもいい加減にしろ。極道っていうのは仁義なき戦いに明け暮れているのが普通じゃないのか?
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。今時のヤクザは戦争ごっこが大事なお仕事なのか。呆れるばかりだ。
そもそもナカムラさんは初めからそのことを知っていたような口ぶりだった。どういうことなんだ。
「ナカムラさん、あなたは前からこのことを俺に隠して知っていたというんですか」
「うん。まあ……ねえ」歯切れの悪い返事だった。俺は思わず立ち上がり、ナカムラさんの襟首をつかんだ。こんなに痛めつけられてそんな話があるか。
「ふざけるな。俺といっしょにあれだけ痛めつけられたんじゃないんですか。口裏合わせていたというんですか。え、なんて言い訳するつもりだ」だんだんと怒りが込み上げてきた。ナカムラさんもグルだったのだろうか……
「まあ、待てよ。そんなに昂奮すんなって。そうだなあ……確かに君から見たら奇異に視えるよなあ」ナカムラさんはのほほんとした感じで答えるのだった。
「だって、おかしなことだらけじゃないですか」
「まあな。確かに。でも単純なことなんだ。俺たちは試されたんだ」
「はあ? 誰に、何を、いったい何のために」
「俺はさ、空き巣集団のグループにいた頃、裏社会の人たちとも否応もなく親しくなった。だから今の裏社会の人たちの大変さが良くわかるんだ。今時跡目争いのドンパチなんてナンセンスだ。そんなことしたらお上に根こそぎつぶされてしまうんだ」ナカムラさんはしみじみと語りだした。花菜は煙草を取り出して深く吸い込みすっかりこの場をナカムラさんにまかせ切っている感じだった。はたしてそれでいいのだろうか?
「あのネ、狂死狼君。極道が本来の仕事である脅しや暴力、堅気には出来ない破壊工作、そして争いごとのまとめ役。そんな仕事がことごとく暴対法によって厳しく締め付けられてる。じゃあ、極道の人たちはどうやって生きてゆくの?
わかりますか」
「それは……良くわからないけど、まともな仕事を半分しながら昔ながらの仕事も半分こなすっていう感じじゃないのかな」
「その通り。さすがなかなか良い頭を持ってる。そこは見込んだ通りですよ」
「いや、そんなおだてはいいですって」あからさまに褒められて嬉しくない訳はないが、今はそんな時ではない。
「だから、今の極道の方々は非常に苦心なさってる。ある意味堅気の方々以上にネ。とにかく、毎日の生活も当局にガラス張りで見張られているような有り様。ですよね花菜さん」ナカムラさんが振ると、花菜は煙を吐きながら大きくうなずいてみせた。
「だから表向きは品行方正、真面目なお仕事ぶりを見せつけなければならない。かといって、本来の暴力装置である裏面を時々見せつけなけりゃ存在意義がなくなる。だから時々はオモチャに改造した本物を見せつけて、ドンパチ騒ぎを演出しなくちゃならない……て言う訳だ」
「ええ? そんな不思議な関係で成り立っているというのか。あの4人の親分たちも」
「そうだ。じゃなきゃおかしいだろう。良く考えてみなよ。なんで跡目の一番手である天見が出院を襲う必要がある。あるとしても逆だろう。出院が跡目を狙って天見の命を狙うのが普通じゃないか? そもそも目的が違うんだから。あの4人はここだけの話し、幼いころからの友達同士で大の仲良しなんだ。だから、仲間の出世を喜びこそすれ、自分がのし上がることを良しとはしないんだよ」
「はああ? だったらそうか。部外者の俺たちは容赦なく痛めつける、やはり暴力の集団だ」
「いや、そうでもない。散々痛めつけられたけど、病院の厄介になったか」
「え? いや……確かにそこまでは」
「プロの集団に痛めつけられたのに? そもそも良く生きてるよね」
「え? そう言われたら確かに……」俺は、酷く痛めつけられた割にもうほとんど回復していることに思い当った。
「しかも花菜さんと……いい思いしたんだろ。その身体でさ」
花菜は頬を赤らめてそっぽを向いて見せた。
「え? いや、それは。ナカムラさんだって……あの娘と」
「ふ。まあそれはいい。つまり俺たちは教龍会の方々にとって重要な役割を持たされたのであって、偶然と必然の中でもはや運命は決していたんだ。全ては伊藤が関わった、あの人のせいだ」
「ミエさんのことか」
「そうだ。玉造の一家パラダイスグループが間違いなく仕掛けてくる。O市の極道者をつぶすために……それは弔い合戦でもあり、玉造グループのバックにつき、△△市を牛耳る神龍組と教龍会との全面戦争にもなりかねない火種だ」
「なにもかもお見通しね。さすが岡林さんの部下ね。じゃあ、この先は私たちの味方になってくれるわね?」
花菜は所長の名を口にした。俺の知らないところでナカムラさんも花菜も、それぞれに自分の運命を生きている。そんな気がした。
それに比べて俺はどうだ?
ただ、流されて生きているだけだった。
続く




