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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章  かなしき口笛 20

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


(2)  夏の終わりに


  その4



「こら、何やってる。てめえら出てこいや!」

 命知らずの極道者たちが小さなトイレの個室を取り囲んだようだった。薄っぺらいドアなど簡単に蹴破られるだろう。俺は背中にあるドアの衝撃を何度も受け止めた。時間の問題だ。となりの個室の壁をよじ登ってきた若者の鋭い目と目があった。

「おんどりゃ、何しとんじゃ」顔はまだ幼さを残しているが、痩せてまゆ毛のない窪んだ眼は威圧感にあふれていた。

 俺とナカムラさんは目配せをして覚悟を決めた。すぐさま伊藤の背中で縛った腕を掴み上げて便器から立たせた。ナカムラさんはつきつけたままの銃口の角度を変えた。何度も叩きつけられた衝撃ではずれかけているドアを勢いよく足で開け放った。

 外には5、6人の男が待ち受けていた。今にもドアに体当たりをかまそうとしていた体格のいい男が真っ先に出迎えた。

「こらあッお前らどこのもんじゃ」

 勢いよく掴みかかろうとする男めがけてナカムラさんは発砲した。

 ぱああんッ

 乾いた銃声が間近で轟いた。心臓がどくんと飛びはねた。銃弾は男の耳元を通り過ぎて天井に当たり突き抜けていった。

「ひいいッ」男は頭を両手で押さえてしゃがみ込んだ。大きな身体をがくがくと震わせている。壁によじ登った若い男も銃声と共に崩れ落ちるように床に伏せた。

「や、やめろッ」他の者たちもいっせいに姿勢を低くして頭を庇うように身を伏せた。

「おい、そこをどけッ」ナカムラさんが一喝すると狭いトイレを埋め尽していたいかつい男どもがすり寄るようにして壁際に移動し、道を開けた。

「いいか。そのまま動くな。そのままだ。おかしな動きをしやがったら身体に穴が開くと思え」

 ナカムラさんの動きは鮮やかだった。男たちはうめき声や舌打ちをしながらこちらを伺っているが、歯向かう者はいなかった。

 俺は驚きを隠せなかった。この人にこんな度胸があるとは思いもしなかったからだ。その気持ちを悟られない様に何食わぬ顔で伊藤の腕をがっちり掴み後ろに続いた。トイレの外にも極道者はあふれていた。天見、小倉野、出院、黒井の各面々の姿もあった。銃声を聞きつけて葬式もそこそこに大勢が集まっていた。

「道を開けろ。このまま俺たちを通せ。おかしな動きをしやがったらこの男の脳天にぶち込む。この至近距離なら残りの弾分人間を殺せる。もう後がねえからやると言ったらやるぜ」静かな低い声だったが、一語一語はっきりと伝わった。極道どもがぴたりとその動きを止めて俺たちを見守った。胸ポケットに手を入れて今にも拳銃を取り出そうとしている者が何人かいた。

 そのままゆっくりと俺たちはホールの裏口へと向かい、駐車場へ出た。表玄関には警官や報道陣が大勢いるはずだったが、裏口はまだ気付かれていないのか、もしくは中の様子を外から注意深く伺っていのかは判断がつかなかったが、裏口付近の駐車場に人気はなかった。ここへ来るために使ったレンタカーがある場所へと俺たちは移動した。10メートルほどの微妙な距離を取りながら天見組の連中が後を追ってきた。

 後部座席にナカムラさんと伊藤が乗り込んだ。俺はいそいで運転席に座り、勢いよくアクセルを踏んだ。タイヤがきしみ音を発して勢いよく飛び出した。

 それを見て、一斉に極道どもが道をふさぐように飛び出してき火を吹いた。俺はジグザグに滅茶苦茶な進路を取りながら、極道どもを蹴散らすように○○ホールをあとにした。警察車両がサイレンを鳴らしながら追ってきたのはかなり離れてからだった。

 俺は路地を突き抜け裏通りを選び、まんまと追手を巻くことに成功した。<

 坂が続く道を走り抜けると、焼けついたアスファルトがゆらゆらと蜃気楼のようにうごめいて光り輝いていた。

 大きく迂回しながら人気のない道を通り抜け、丘の上へとたどりついた。花菜が経営するホテル「マリオネット」の入り口だ。喪服姿の花菜がすでに待っていた。

「よくやるわね。ちょっと目立ちすぎじゃない」

「どうせやるなら派手な方がいいさ」

 伊藤は観念したかのようにうなだれていたが、花菜を見つけるとうすら笑いを浮かべた。

「あんたの差し金だったのか」吐き出すように言った。

「あら。伊藤さん。勘違いしてもらっては困るわ。あなたの行き過ぎた行動が組織全体を脅かしている。そのことには気づいているはずよ」

「俺はただ……天見組のため、教龍会のために」

 ぱああん。

 乾いた銃声がこだました。伊藤の身体が崩れ落ちた。

 花菜の右手には拳銃があった。



   続く

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