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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章  かなしき口笛 18

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」


(2)  夏の終わりに 


 その2 


「俺はミエさんが……ミエさんのことがたまらく好きになったんだ」

 伊藤が口にした言葉は理解するまでに少し時間がかかったが、悪ふざけの言葉ではなかった。

「あの婆あを? あんた正気か。相当歳が離れてるだろう。まして水戸のおばばに」思わず俺は言った。

「何とでも言え。俺はあの人の美しさに触れて心を奪われたんだ」

「え?」

俺は伊藤が隠し持っていた拳銃を弄ぶように触っているナカムラさんの顔を見た。ナカムラさんは表情を変えずに言った。

「まあ。あのヒトならさもありなん。俺は別に不思議じゃないよ。それよりこれ、本物じゃないか。なぜお前が持ってる」

「え?」

「わかってくれるのかい」伊藤は抵抗を諦めたように力を抜いた。

「ナカムラさん。本物って」

「いや、この拳銃」

「普通は本物じゃないの」

「お前、勝手にこんなもの仕入れたのか」ナカムラさんは威圧的に伊藤を責めた。

「うるせえ。極道に生きるならあたりめえだろうが」伊藤が威勢を取り戻した。

俺は何が何だかさっぱりついていけない会話に戸惑いながらいった。

「まあ、どうでもいいけど。よくも俺たちをあれほど痛めつけてくれたな。おかげで見ろよ、まだあざだらけだ。で何よ。婆あを愛して色ボケかましたてのか。ええ。よくコンドームなんか使えたもんだな」

 その途端に伊藤は激しく肘を振り上げた。俺はもう少しで強烈なエルボーを喰らうところだった。

「狂さん、ちゃんと見てなかったんだね」ナカムラさんも飛びよけながら言った。

「何を」

「あの婆さんの綺麗な姿」

「え? 水戸のおばばじゃないのか」

「ああ。首吊った後の顔しか見てなかったか。歳は食ってるとは言え、絶世の美女だった人だ。例えるならほら、吉永小百合だ」

「えええ」

「それだけじゃない! 好きになったのは……外見だけじゃねえ。あのヒトの心の美しさに俺は……」

「本当に恋愛感情だったのか」

「ああ。もちろんだ。どうしてそうなったのか。言いたくはないが教えてやる」

 あ、いや。俺はもうそのことには逆に触れたくはない気がした。むしろ、拳銃が本物が駄目とはどういうことなんだ。憤ったナカムラさんの方が却って気になっていた。そういえば、撃たれた出院親分との天見との確執、抗争はどうなった? そうだ、花菜に撃たれた黒井はどうなんだ。あれはいったい何だったんだ。そんな俺の気持ちを察することもなく、伊藤は玉造ミエとのめくりめく過去を語りだした。聞きたくなくとも耳に入ってくるのだった。


……そう。俺はかつて若い頃、ロクでもない健康器具を販売していたんだ。まずは新聞広告を打ってさ、人のいい老人を景品で釣って集めるところから始めるんだ。いいシノぎになったのさ。ホラ、よく街角で老人どもが行列を作ってる集会所みたいなところがあるだろ。アレだよ。まずは優しく話し相手になってやって来場記念品をこれでもかと配るんだ。で、住所名前を聞き出して訪問販売に移る。そこでは決してがつがつしちゃいけねえんだ。とにかく優しく思いやりを持って笑顔で接するんだ。お母ちゃん、どっか痛くないかい。息子さん達は来るのかい。そうかい寂いねえ。良かったらご飯作ってあげるよ。さあ楽にして横になってなよ相撲でも観ながらさ……なんてな。これは昔、一世を風靡したト○ダ商事の悪のマニュアルによる営業方法だ。ある意味営業の本質をついてる素晴らしい戦略だ。


 そう語る伊藤はなんだか夢の中の出来事を語るかのようだった。なんとなくその話に惹かれてしまっている俺がいた。しかし……誰かがやってくるとも限らない。警戒は解けないし、その時どうするかを考えなくてはならない。とはいっても伊藤の話しを止める気にはさらさらなれなかった。


……でさ、2度、3度訪れては話し相手になって一緒に風呂に入ったっり、添い寝したりすんだよ。そうすると老人はいちころさ。あとはただ泣きつけばいい。もっとお母ちゃんに会いたいけど、もう会えない。実は困ってるんだ。商品が売れなくて。こんなに良い商品なのに、俺に力がないせいで売れないんだってね。

 すると、金がある老人はだまって厳戒まで買ってくれるのさ。もういいっていうまで、根こそぎ買ってくれる。

 でも、そんな商売もいつまでも続かなかった。息子や娘が目を光らせるようになってきてな。結局胴元が摘発されちまって、さあどうするかって時に天見の親分に拾われた。俺はあの人に恩があるんだ。

 で、俺はこれまでの営業力を生かして多少強引な商売を始めることになったんだ。

「それはオレオレ詐欺っていって、立派な詐欺、犯罪ってことだろう」ナカムラさんが安全装置をようやく解除したらしく、カチッといわせた銃口を伊藤の頭に再度向けた。

「いや、そうじゃない。詐欺じゃない、ていうか、本当にそのつもりだったんだ」

「じゃあ、なぜこんな物騒なモノを……会長の意を無にしてまで」

 ナカムラさんも何かを隠している。この期に及んで。

 俺はキツネにつままれた感覚をいつまでも拭いきれないでいた。 



     続く。


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