第8章 かなしき口笛 13
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 花菜の決心
その13
出院寅之助がが卍街の路上で撃たれてから4日しか経っていなかった。うつらうつら舟を漕ぎながら俺たちは話を聞いた。幸いにもあの時の弾丸は脇腹を貫通し、致命傷にならずに済んだのだという。それにしてもまだ相当に痛むだろうに、それをおくびにも見せない気迫は相当なものがあった。
そもそも今回の教龍会跡目争いの筆頭と目されている天見組は、2歩も3歩もリードしていた。それは天見の懐刀、伊藤が仕切る詐欺グループが莫大な利益を計上していたからだ。その内情を調べていた出院は、反社会的行為の代償を憂い、天見を排除するように川島会長に訴えていたというのが、天見組に狙われることになった真相だった。出院はそれに対抗すべく、様々な情報網を巡らせて天見の内情を調べた。そこに、伊藤に捕まり責め苦を受けていた、間抜けな我々の姿が浮上したのだった。
天見組を抹殺して教龍会のトップに躍り出るための伏線を敷く、そのための駒として俺たちは利用価値があるのだろう。
出院組の事務所は花園卍街からはさほど離れていない。住宅街の中にあった。まわりの家々よりは少し豪華なレンガ造りの邸だった。
翌朝、ベッドの上で目覚めると、出院組の若い衆が俺たちを監視していた。身体は手当てを受けていた。痛みはあるもののかなり楽になっていた。よく見ると、若い者たちは拳銃やナイフのようなものを手に持っていた。
「いったい、どういうことだこれは」
「すまんな。あんたたちは今この街では重要な立場にある。そのことを忘れないように。俺は出院組の若頭、田辺だ」
田辺が俺の右肩のアザのあたりを手にした拳銃の銃口でつつくと、激烈な痛みが走った。思わず悲鳴が漏れた。
「すまんな。その身体でよもやないとは思うが、逃げようなどと思わないことだ」
俺は涙目でうなずくしかなかった。こんな状態で逃げようなどとは考えも及ばなかった。
「で、いったい俺たちは何をすればいいんだ」
「一週間後に跡目を決める大事な会議が開かれる。それまでに天見組の非道な金稼ぎの裏事情を証言して欲しい。なあに、天見のことは心配するな。俺たちが命がけで守ってやるからな」
知らず知らずのうちに俺たちはとんでもないヤクザ同志の抗争に巻き込まれたようだ。何故こんなにも運の悪い、最悪の状況に落ちいってしまうのだろうか。俺にはなす術もなかった。
昼近くまで眠りこんだ後、俺たちは尋問を受けた。田辺が部下に指示を出していた。伊藤のように暴力をふるうことはなかったが、鋭く威圧感たっぷりの尋問は、伊藤に負けない迫力があった。もちろんここまでの流れの中で話せることは全部正直に話したが、依頼人の名前だけは話すことはできない。それは守り通した。
様々な尋問を受けながらも、手厚い手当てと食事も与えられた。まだまだ体中がきしんだが、夜更けには尋問も終わり解放された。もちちろん逃げるなどということは論外だった。何せ弱っている体の上に警護も厳重だったからだ。
夜がふけ、眠りに落ちようとうとうとしかけた頃だった。
またもやドタンバタンと争う音が聞こえてきた。しばらくして背の高い男がやってきて俺たちを見終ろして言った。
「さあ、ここを出るぞ」
「え? あなたは」
「俺は黒井だ。黒井亜瑠与。ここと対立している組の者だ」
「え、ええー?」
「ここにいたらあぶない。出院はあんた達をきっと見殺しにする」
「どういうことなんだ」
「天見たちが間違いなく、あんた達を狙ってくる。そうしたら、出院は見て見ぬふりをするだろう。それが何故なのかは……わかるだろう」
「初めからそれが狙いだというのか……」
「世の中のことは全て金と、自分の有利な立場を守るためだけに動いている。そう思った方がいい」
「じゃあ、あんたはいったい何のために、俺たちを」
「俺はそういった世の中を、どうにも受け入れられずにいる。昔ながらの古い人間だ」
「そんなこと言われてもな。俺たちはいったい、誰を信じればいいんだよ」ナカムラさんが珍しく吠えた。
「誰も信じるな。俺のこともだ。自分が思った道をただ歩けばいい。俺はこれから、お前たちをある人のところに連れていく。ただそれだけだ」
「ある人? それは」
「いいからまず、黙ってついてこい」
俺たちは痛む身体を引きずりながら、言われるがままに外に出た。
黒塗りの車に乗って出院の屋敷を離れた。ちょうど出院の親分は会合とやらで出ていたようだった。
俺たちが向かう先には、信じられないモノが待っているのだった……。
続く




