第2章 逃亡者の休息 14
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券が唯一の生活の糧だ。生きるか死ぬか、あるいは捕まってしまうのか……究極のサバイバルの日々を綴ってゆく」
(14) 捕らわれの貧しい心 その1
「父を殺したのは……いったい、どんな人なのかなぁ」
カオリの部屋で彼女が作った夕食を食べ終わり、ふたりでテレビを眺めながらまったりとした時間が流れる頃、決まって彼女はつぶやいた。
「さあてな。きっと悪い奴なんだろうな……」
もう、何度も何度も繰り返している話だった。もはや、カオリの言葉に、いちいち心臓が破れそうなほど動揺することもなくなった。写真立ての……中島の若かりし頃の顔が笑っている。そん中にいてももう、彼女と過ごす時間に違和感すら感じなくなった。慣れというのは恐ろしいものだ。
「人を殺してもなんとも思わないのかな」
「さあ、どうだろうな。案外、普段は普通の顔をして生きてるんだろうな。何食わぬ顔でさ。いい人ぶっててさ。でも、いざとなるとすごく残虐な心がいきなり顔を出すんだよ。たぶん」
まさに、俺がそういう人間なのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。
「たとえばどんな職業の人?」
「それこそ、学校の先生とか。もしかしたら警察官とか。ああ、あれだ、あのポマードのオカモトなんか絶対に怪しい」
「ああ、それってあるかも!」
「おい! それは、あんまりじゃん……いい過ぎ」思わず突っ込んだ。
「えへへへ。そうよね」
「奴も人の親だよ。さすがにそれは」
「でも、いつか犯人を見つけたら、いったいどんな復讐をしてやろうかな」
そいつは目の前にいるんだが……思わず俺は視線をそらした。
「そんな奴、八つ裂きにすればいいんだよ……誰もカオリを責めないさ」
「そうよね。あんな人でも、私のたったひとりの父親だよ。大事なお父さんだったの。それなのに……命を奪うなんて。あんまりだ。酷い、酷過ぎる」
「ああ……俺もそう思うよ」今では本当に思う。
この話が進んでゆくと、決まってカオリは泣き出してしまう。
泣いたあとで、カオリは「じゃあさ、そいつを八つ裂きにするの絶対に手伝ってね、狂死狼さん」
「……お、おう。任せとけ。俺が手足をもいで八つに引き裂いて、さらに心臓めがけてとどめを刺すわ」
「うん。お願いね」
カオリは俺に身体をすり寄せる。俺は肩を抱きしめてカオリの匂いを確かめた。
カオリの身体におぼれながら、いつか八つ裂きにされる覚悟を、ひそかにしていた。けれど、今はもう少しこのままでいたい……強く願った。
あくる日、俺は△△市地方場外競馬場へと出向いた。今後の馬券投資を試みる上で、実地調査をしてみたいと思ったからだ。馬券を買うつもりはない。じっくりとレースを観察し、投資の対象となり得る真剣な勝負なのかどうかを肌で感じてみたかったのだ。
相変わらず馬券おやじ達の人いきれで、むせかえる様な場所だ。鉄火場という懐かしい言葉が思い浮かんだ。
レースをただじっと見ているだけの俺を、色白のふくよかな男が監察するように見つめていた。なにかに怯えるような表情にも見える。
近づくと、後ずさりながら言った。
「来るな。あんた。たぶん、人殺しかなにかだろう。俺は何となくだけど、ひとの気配でどんな奴なのかわかるんだ」
「馬鹿なこと言うなよ。誰が人殺しだって? ふざけるな。お前、いったい何者だ」
「俺は……チャンゴ」
俺はチャンゴの襟元をつかみ今にも殴りかかろうとかまえた……。
さあ、明日の競馬だ。もう何も言うことはない。明日こそは勝利の女神よ微笑んでくれ!!!!
勝負レースは 阪神 第7レース
3-9 4-9 9-12 1点 2900円の勝負だ。
続く




