第8章 かなしき口笛 7
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
第8章 かなしき口笛
(1) 花菜の決心 その7
とにかく俺たちは、パチンコパラダイスグループの総帥、玉造秀の依頼を遂行する必要があった。彼の母親である水戸のおばば、もとい、老婆の死の真相を突き止めなければならないのだ。その過程で接触することとなったO市のヤクザ者同士の跡目争いやら、資金集めなどには毛頭興味もなかったし、とにかく抗争には巻き込まれたくなかった。だが、そうはさせないというような、神の意思を感じさせるようなこれまでの手酷い展開だった。
まあ、確かに俺は殺人を犯したのだ。まともな人生を送ることなど、もはや望むべくもないのだ。だからといって、狙い撃ちのように他人の不幸に我が身を晒されるというのはまっぴらだった。どうせなら頼む、静かに殺してくれ……そんな願いもどこ吹く風だった。
ここO市ではかつてなかったほどに街中が縄張り争い、権力争いの渦に巻き込まれている様子だ。その過程の中で、パラダイスのグランドマザーの尊い死があったのは、ほぼ間違いないようだった。だが、その真実を掴むまでには至っていない……。
そして、俺とナカムラさんは薬局『ピエール』のレジ係、花菜がいる飲み屋『エル・ド・ラーデ』へと向かった。
『エル・ド・ラーデ』は花園卍街のほぼ中心に位置し、外階段を上った2階に入口ドアがあった。
「いらっしゃいませェ~」
ドアを開けると店の中は、なんの変哲もない普通のスナックという風体だった。カウンターの中に45歳くらいの、さほどケバくはない薄化粧で和服を着たママがいた。名前はエルさんだ。さもありなんという源氏名だった。そして従業員らしき女性は30代を中心に4名ほどいた。どの子も標準的な、まあまあなレベルでそろえられている印象だった。その中にいた。ピエールのレジの女、花菜だ。昼間よりは化粧を濃くしていて、まるで別人のような印象を放っていた。きっと脱いだとしたら、そのプロポーションは放っておけない程に素晴らしいのだろうと見受けられた。思わず俺は、クラスの『夏の日の1993』の歌声が頭の中をよぎった。
俺とナカムラさんは、不覚にもこの店に溺れた。
相手をするママと花菜の、おだてるがままに羽目を外したのだ。
そのあとのことはよく覚えてはいない……。
酒を飲んでは飲み交わし、そして飲み干してはまた飲み込まれた……マイクを持たされては古い歌謡曲を歌った。
美空ひばりの「悲しき口笛」を歌ったところまではなんとなく覚えていた。
そのあとのことは全く記憶の外だった。
なぜか俺とナカムラさんと、花菜とほのかさん、合計4人が意気投合してしまい、『エル・ド・ラード』のラストまで飲み交わし、そのあとは朝方まで付き合うことになった。4人はとことん飲んで騒いだ。おそらく4~5軒をはしごしたようだった。
そして俺はホテルのベッドで目覚めた。
となりに花菜がいた。裸に近い恰好だ。静かに寝息を立てていた。窓を見ると、遮光カーテンから漏れ出る明かりが見えた。外はすでに明るかった。
何時なのだろう。
俺は無性に隣りに眠る女性が恋しくなり、すうっと両手を差し入れて抱き締めた。きゃしゃな体つきだったのように感じたがそれなりにボリュウムもあった。
好ましい感触だった。
俺はいつの間にか抱きしめていて、彼女の髪の匂いをかんだ。
すると、花菜はそれに反応した。
いつの間にか目覚めた大きな瞳が俺を見つめ返し、彼女の柔らかな指先は、俺の体をまさぐっていた。
自然と互いの唇を求めあった……。




