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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第8章  かなしき口笛  4

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない

。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴

ってゆく」


(1)  花菜の決心


  その4


『エル・ド・ラーデ』はO市の繁華街『花園卍街』のど真ん中に位置する白百合ビルの2階にあるパブスナックだった。スマホに入力すればそんな情報がたちまちのうちに現れる。便利な世の中だ。昭和の時代に比べると探偵の仕事なんてほとんどがネット情報だけで終わってしまう。ただし、それは昭和の頃の案件だったらという意味だ。今の時代の案件はネットでもとうてい追いつけないような複雑に入り組んだ人間関係がターゲットになることが多い。いつの世も結局は足で稼ぐしかないのだ。

 さて、その店に行ったところで果たしてどうなるものか。他にあてなどなし。

 そう考えると行ってみるしかないだろう。

 俺とナカムラさんはせっかく訪れたこの街で羽根を伸ばし、時間をつぶすことにした。といっても野郎ふたりが観光めぐりでもあるまい。

 俺たちはO市のはずれにある商業施設『ウイングペリエ』へと向かった。海岸沿いを東西に延びるひょろ長い3階建の建物だ。中は驚くほどに広く、1階には馬鹿でかいホームセンターのDEPOがあり、様々な店舗やレストランがひしめき合っている場所だ。ここの3階には地方競馬の場外馬券売り場『アイーンバ』がある。

 ナカムラさんもなかなか競馬にはうるさい人だというのはこれまでの会話で理解していた。ならば、こんな時こそ腕前を拝見といきたいところだ。ちょうどHドウケイバがナイター開催中で、第3レースがスタートする時間だった。

 意気揚々と入り口のドアを開けると、中は異様な雰囲気に包まれていた。

「何やっとんじゃこりゃあ」

「おっしゃいけエエ」

「ぶっ殺すどおんどりゃあ」

どす黒いとしか言いようのない太い罵声が飛び交っていた。

声がする方向にはエリが大きく開いた開襟シャツに縞模様の背広、首には純

金のネックレス、腕には金時計。雪駄に素足、袖をまくった腕には彫物をのぞかせ、短髪にサングラスで吠える人たちがいた。

 どう見てもあちらの世界の方々が10名ほどで固まり、一番大きなモニターの前に陣取って怒声を上げていたのだ。さすがは本職の方々だ。ドスの効いた声は金玉が縮み上がり、小便をちびりそうになるくらいの迫力だった。

「こ、これは……」俺は入り口を一歩入ったところで立ち止まった。

「気にすんな。おい、いくぞ」

 ナカムラさんは全く意に解さず、ずかずかと中へ入っていった。

 あちらの方々はじろりと俺たちを見た。こちらも側の人たちも数名見受けられたのだが、いずれも歳老いたご老人ばかりが隅の方で小さくなっていた。

「おい、なんだお前ら」

「俺らが誰なのか解って入ってきたのか?」

「こっちは気が立ってんだ。痛い目見る前にいね!」

 いくらなんでもその主張は理不尽だったが、抵抗する気にはなれない。俺はナカムラさんに帰りましょうという仕草をして見せた。ところが彼は。

「あ。なんだ半端もんが。おとなしくしとけよ。真面目に生きてる俺らに文句でもあんのかコラァ」

 いままで一度も見せたことのない低くドスの効いた、驚くほどに貫禄のある声だった。あのナカムラさんが放った言葉だとは到底思えなかった。だけどしかし、ここでそんなことを言って……ただで済むとも思えない。どうするんだよォ。俺は気が遠くなるような気分だった。

「なんだとォこらァ。死にてえのかおっさんよォ」ボディガード風の若くてするどい体格の男が吠えた。

「まあ、待て待て、よ。ああ、あんたは誰だ」

ボディーガードを制止させ、一番前に陣取っていた初老の男が俺たちに振り返った。ぎろりと睨むその鋭い目は、例えるなら蛇そのものだった。

「すまんな。貸切りってんじゃないけどョ、こっちも命賭けてやってんだわ。

 邪魔するんじゃねえならかまわんよ。そっちの隅で馬券買って楽しんでくれ。

 俺ッちらはちょいと今日、取り込んでてナ」

「そうですか。ならば邪魔はせんですよ。そっちも俺たちに関わらんでくれ」

 あっさりと言ってのけて歩きだそうとするナカムラさんに、血気盛んな若いものがもう一度飛び掛かりそうになった。

「ふざけるんじゃねえぞこらァ」

そこまでだった。上役らしき中年に羽交い絞めにされた。

「おい、止めろってのがわからねえのか、この野郎」

 往復ビンタが飛んだ。

「へ、へい……」

 俺たちは奥の方へと移動し、新聞とビールを買った。新聞とはもちろん競馬の専門誌だ。全8ページで500円。高いのか安いのかなかなか悩む値段だ。

 ビールで乾杯した途端にあっちの世界の人たちは、レース結果のモニター画面を見て歓声を上げた。

とにかく馬鹿でかい声は、彼らの世界の必須技能であるようだった。


 

     続く。



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