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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第7章  さまよえる者たち 19

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」



(3)  女たちのララバイ その3



 その日、俺とチャンゴは繁華街にほど近いとあるコーヒーショップで待ち合わせをしていた。目的はもちろんカオリのことだ。なんとしても彼女を見つけ出して救わなくてはならない。そのためには彼女を掴まえてゆい吉先生のもとへ連れていくことしか、今のところ有効な手立てはないだろうと思われた。そのための作戦会議であり、即実行に移るための待ち合わせだった。俺は出来れば花蓮も連れていきたいと思っていた。果たしてそれが可能かどうかは俺たち次第なのだろうと考えていた。

コーヒーショップではチャンゴがすで俺の到着を待っていた。

このところの天気は一時の暑さも落ち着き、例年並みの過ごしやすい気温となってきてはいたがそれはそれで上着をどうするかの選択に迷う。もっとも、迷うほど着る服を持っている訳ではない。寒くさえなければなんでもいいともいえる。重ね着をして暑ければ脱げばいいのだから。

「よお。どうだい、少しは落ち着いたかい」

チャンゴが△△市に戻ってから1週間が過ぎようとしていた。

「うん。やっぱこっちの方が居心地よく感じるよ。あっちは知らない人間ばかりで疲れるよ」チャンゴはしみじみとした表情を見せた。

「こっちには知り合いたくさんいたっけ」つい、言わずもがなのことを口にした。

「いやまあ、そう言われれば数えるほどしかいないけどさ」

ちょっとむくれたようだった。

「ああ、ごめん、悪気で言ったんじゃないんだ」

そう取られても仕方のない無神経な言い方だったなと反省した。いや、こいつに限って心の中はお見通しだろうし気兼ねなど無用か。などとどうでもいいことを考えながら、コンビニよりはマシであろう安いコーヒーを注文した。

「では本題に入ろう。調べた結果、やはりあのアパートは売春クラブの寮だったよ。借主はコンパニオンを切り盛りしているこの界隈の女傑とうわさされる小菅美恵子67歳だ。いわゆるやり手婆あだね。このあたりのラブホテルは全て彼女の縄張りで息がかかってるんだ。無許可で商売するような無鉄砲なヤツはいないし、そんなことが発覚したらただでは済まないみたいだよ」

「ということは、カオリさんは」

「男と外で寝泊りする以外は、ほとんどここに引きこもっているよ」

「作戦は取りあえず成功ということだね」チャンゴはにやりと笑って見せたが、カオリの現状を思ったのだろう、暗い眼をしていた。

「ああ。今はこんな小さなGPS発信機もあるんだな。カオリはまだ気づいていないようだよ」

あの晩、チャンゴは部屋にカオリを呼んでひそかに彼女のバッグに発信機を仕掛けたのだ。優香が過去に俺に仕掛けた方法を真似したという訳だ。そして居場所がわかったのだ。今日まで俺は周囲を調査してきた。出入りするカオリの姿も確認している。花蓮も同じ売春グループに所属しているはずだった。だが、他にもいくつか寮があるのかもしれない。何度かアパートを張ってはみたが蓮花の姿を

見ることはなかった。

今日はふたりで現場に踏み込むつもりだった。これがおそらく最後のチャンスだと思う。方法はなんでもいい。だましてでも連れて帰るのだ。できれば花蓮もいっしょに。

 一杯のコーヒーを飲み終えて俺たちは通りへ出た。目的のアパートまではここから歩いて10分くらいだ。だんだんと緊張が漲ってくるのがわかる。


 たどり着いたのは鉄筋コンクリートがひび割れた古臭い賃貸マンションだ。築40年近い物件だろう。1階の105号室のドアチャイムを押した。

「……誰?」警戒心のこもった低い声がドアの向こうから漏れた。カオリの声だ。俺とチャンゴは目を合わせた。

「宅配便でーす。受け取りお願いしまーす」いつもの調子で大きな声を出してみた。ガチャリとロックが外されてドアが開いた。すかさず俺はドアの隙間に足を差し入れた。

「カオリ、ごめん。悪いことは言わない。病院に戻ろう」

「カオリさん、ねえ思い出して」

「ちょ、ちょっと。何すんのよ。アタシはカオリじゃないって、あれほど。警察呼ぶよ」

「ちょっとだけ話をしよう。納得いかなかったら無理にとは言わないから。頼むよ。冗談や悪ふざけでこんなこと俺たちがしてると思うか? それくらいはわかるだろう」

「だから。ほっといて。かまわないでって言ってるのよ」

「カオリさん。本当に心配なんだ。このままじゃきっと……頼むから、頼むから」チャンゴは必死だった。必死にすがりついた。

「あんたはいったい何なのよ。この前もやることもやらないでさ。アタシを買っておいてそれって侮辱じゃないの。いったい何がしたいのよ」

「チャンゴは意識不明だったカオリをずっと献身的に看護してきたんだ。心から君を愛してる男なんだ」

俺が言うのも口はばったいことだが、心から俺は伝えたかった。一瞬、カオリは考え込むしぐさを見せた。

「じゃあ、あんたは何よ。私と何の関係があるっていうのさ」カオリは俺に矛先を向けてきた。

「俺は、俺は」ここまで来たのなら言おうと決心していた。たとえそれがどんな酷い結果を招こうとも。そう俺は決めていた。

「俺もカオリを愛した一人の男だよ。でも、それは絶対に許されないことなんだ。俺は、君の傍に近づいてはいけない人間なんだよ。絶対に……」

 カオリは怯えたような表情で俺を見た。

「どういうことよ」

「俺は、俺は……。君の父親を殺した……犯人だからだ」

とうとう言ってしまった。チャンゴも驚いた顔で俺を見ている。

「ひ……」カオリはひきつったような声を出して目を大きく見開いた。そのまま狭い玄関先にうずくまった。

「おい、どうした。しっかりしろ」

「ひ……ひいい、ひいい」カオリは両手で頭を抱え、転がるようにして苦しんだ。「ひいいいィィィ……」

 俺にはもう何をどうすることも出来やしなかった。チャンゴが転がるカオリを抱きしめた。というよりも何かプロレスの技で固めたという方が合っている。

「あんたたちまた来たの。ダメだってばぁ。もう」部屋の奥で声がした。

花蓮がいた。

どうやら積み木遊びをしているようだった。



     続く



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