第7章 さまよえる者たち 18
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(3) 女たちのララバイ その2
ナアリージュの店内は最高潮の盛り上がりを見せていた。ママは右手の握りこぶしを天井のミラーボールに向かって突き上げた。左手で投げキッスを繰り返した。たくましい腕だった。倒れていた輩役の男たちも起き上がってステージに立った。そこにミウラとしゃもん弟が加わり、軽快な音楽とともにみんなで踊り始めた。肩を組んで足を上げて……。
「こ、これは……?」
俺はもはや、やられたというよりも大丈夫なのかこの店? という心配の方が強くなっていた。ハプニングショーとして悪くはないだろう。演出もわざとらしいとはいえ、素人にしては上出来だと思う。だが、観客をだますドッキリショーは果たしていかがなものだろうか。モノ珍しさに今はウケているようだが、果たして……。これはおそらくミウラが考えだした企画なのだろうな。あいつらしいな。
エンディングテーマが流れた。悪役たちと人質約のしゃもん弟、ママ、彼らは最後、手をつないで客席に深々と頭を下げた。盛大な拍手の中、ステージを降りた。
そして俺たちのボックスにミウラとしゃもん弟がやってきた。取り合えず、俺たちは彼らの熱演をねぎらい拍手で迎えた。そしてあらためて乾杯をした。ミウラもしゃもん弟も興奮冷めやらぬ赤ら顔だった。
「やあ、ゆい吉センセ。いかがでした今日は」
ミウラがグラスの中の水割りを一気に飲み干して言った。
「ブラボー! 実に良かった。素晴らしかったよ。私が思う通りの動きを忠実になぞってくれて嬉しいよ」
え? そうなのか。ゆい吉先生がこのショーを発案したというのか。
「狂死狼さんよく来てくれたネ。おお、チャンゴも久しぶりだ。ワイね、ゆい吉センセに頼まれちゃってさ。この店を盛り上げるためのアイディアを絞り出したのよ。そんで出した答えがコレよ。ご覧いただいたスーパーショータイムてな訳」
ミウラは聞きもしないのにしみじみと語りだした。
この店も3年目を迎え、初めはそこそこ繁盛していたのだが……つい最近まで、すっかり客足が遠のき閑古鳥が鳴いていたのだという。仲間の紹介でユウキがここに入店した頃には今にも潰れそうな状態だったのだ。そこでゆい吉先生が、あの手この手で手助けをしたということらしい。その一環としてミウラが抜擢されたという訳だ。それは、彼の常人を凌駕するような奇抜な感性でこの店を繁盛させて欲しい、と頼み込んだゆい吉先生の狙い通りでもあった。ミウラは考え抜いた末に自分なりのエンターティンメントをここで開花させたのだ。前回の競馬教団の事件がヒントのようだが。
そしてそれはまんまと成功した……といったいきさつを一気に話し終えると、ミウラはもう一杯、旨そうに水割りを飲み干した。
しゃもん弟はミウラに誘われるまま、雀荘が非番の日にバイトに来ていた。彼は借金を一日も早く返すために必死なのだった。
俺には、この草芝居がようやく病魔を克服して新たな人生を歩むこととなった我が子へのエールでもあり、そして惜別の念が込められているのではないかと思えた。ゆい吉先生はどこか寂しげな表情だった。ショーの途中、ユウちゃんは本指名の別席へと移動していた。固い胸のあとが俺の腕にくっきりと残っているようだった。
さまざまな思惑が奇妙に折り重ってこのショーは生み出されたのに違いない。
だけどそんなことには何ら関係なく、観客たちは心の底からショータイムを楽しんだのだ。それは間違いない。俺の心配など全く無用だ。
「あの後、ホクトさんとは?」言った瞬間に野暮なことをと俺は思った。
「ああ。別れたよ。しょせんワイとは生きる世界が違う。これで良かったんだよ。でもさ、会えて良かったよ。本当に……」
ガラにもなくしんみりとしたミウラを見て、言わなきゃ良かったなとますます思うのだった。
「しゃもん弟はどうだい。順調かい?」
「うん。まあまあだね。目標に向かってまっしぐらさ」
「そうか。頑張れよ」
その目標とは、博打で食っていくというアレだ。稀に成功する奴はいる。だが、それでも短期間だ。年老いてからも一生食える奴などいない。その時にどうする。食ってもいけない雀の涙ほどの年金。それさえも無しで生きていかなければならないのだぞ。まあいいさ。人生は永い。この先、挫折の中で気づくこともあるだろう。そうして過ごした人生は、きっと恐ろしくあっという間に感じることだろう。
ふ。
間違いなく俺もその一人だ。
続く




