第7章 さまよえる者たち 17
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(3) 女たちのララバイ その1
その店の名は『ナアリージュ』といった。
『コンサドーレ』しかり『レバンガ』しかり。なんでも逆さまにネーミングするのがここ、△△市の伝統だ。
俺たちはしばらしの間、めくりめくような倒錯の世界に身をゆだねて酒にひたった。ニューハーフなんて自分とはまるでかけ離れた存在のはずだったが、話してみれば普通の人間であり、ただの普通の女の子だった。その姿に少しだけ違和感はあるものの、それは彼女ら(彼ら?)の責任ではない。みな一様に綺麗なりたい、可愛くなりたいと願っていた。それは普通の女の子となんら変わることはないのだ。心と身体がなぜか違って生れてきただけに過ぎないのだ。それは人体の不思議であり、ある意味悲劇だともいえる。けれど、彼女たちは不幸ではなかった。男の身体で生まれたことさえもしっかり受け止めていて、それを楽しんでいるかのようでもあった。その芯の強さは尊敬に値するモノだ。俺はそんな風に感じていた。
ステージでは中年に近い雰囲気の方がハイトーンでシャンソンを歌っていた。俺はその年季の入った歌声に、静かに眼を閉じて聞き入っていた。
そんな時だった。店の隅のボックスに陣取った怪しい輩が騒ぎ始めた。
初めにグラスを床に投げつけたガラスが割れる音がした。続いて店の子たちの悲鳴が轟いた。
「おいおい。なんだこの店はよお。ちゃんとした女はいねえのかよ」
「こちとらチンコを触りに来たんじゃねえんだ。ふざけんなよ。これで金を取るつもりかよ」
「お客様。落ちついてください!」
気丈にそれを制した若い子が、男に押し倒された。
「きゃあああ」
「笑わせるなよ、オカマ野郎が」
いかにもガラの悪い連中が席を立った。場内は騒然となった。
「気分が悪りいぜ。こんな店ぶっ潰してやる」
背の高いサングラスの男がテーブルの端をつかんで倒した。
「ひゃっはー。ショータイムの始まりだぜ!」
「オラオラ、オラオラア」
どう見てもまともな連中ではなかった。まともに話し合いで解決するとも思えなかった。俺は身構えた。この状況を男として見逃す訳にはいかない。だが、どうする?
「待ちな。あんたたち、アタシの店でいったいどういうつもりだい」
割って入ったのはマリアンヌママだ。
「なんだとこの野郎。おい、やっちまえ!」
「おおー」
そこから大乱闘が始まった。サングラスの輩たちが襲いかかる。ママがそれをうまくかわし、そして受け止める。片っぱしから蹴りやこぶしのお見舞いをした。身長に勝るママは圧倒的な強さを発揮した。
いつの間にかママと輩たちはステージの上に闘いの場を移した。そして、あのソウルソードのような光る剣をそれぞれ手にして闘いが続いた。激しいチャンバラのはてに、ママは輩の3人をやっつけた。
最後に残った細身のサングラス男がステージを降り、観客のひとりの首根っこを掴まえてナイフを取り出した。
「おい、ママさんよ。こいつが見えるかい?」
「うッ」
男はのど笛にナイフを当てた。当てられた男はしゃもん弟だった。ええ?
「おとなしくしな。さもないとこの男の命がないぞ……」
その瞬間だ。しゃもん弟が足を思い切り蹴りあげてナイフを突き飛ばした。
「うぬ、何をする」
間髪をいれずにマリアンヌママが飛び出してきて、サングラスの男の腕を後ろ手につかんで抑え込んだ。しゃもん弟もそれに加勢した。
「ぐぬぬう。くっそう。離せ、離しやがれ!」
「誰が離すものか。さあ、神妙にしろ」ママが叫んだ。
サングラスを取ると、その男はミウラだった。
「いよお、あっぱれ!」静まり返った店内に声が響き渡った。
やがて拍手が巻き起こった。やんややんやの喝采だった。そして照明が明るくなる。気がつくと店内は大入りの満員、立ち見が出るほどだった。
ショータイムが終わったのだった……。
続く




