第7章 さまよえる者たち 16
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 交差する女 その6
俺は先週、北川に会った。どうにも花蓮のことが気になり、直接話してみたいと思ったのだ。正直に探偵事務所の者だと名乗り出た。もちろん、先日来北川を調査対象として探っていたことについては内緒だ。初めに彼はいぶかしんだが、花蓮の家族からの依頼ということにして話を伺いたいと頼んだところ、快く引き受けてくれたのだった。
彼は花蓮とはだいたい週に一度くらいのペースで会っていた。一年ほど前に夜の街で偶然見つけて以来、くすぶっていた炎が燃えあがったようだ。それからずっと客と娼婦の関係を続けている。我が子を轢いた事故についてもう責める気はないのだと語った。未練がたっぷりあるものと思われた。常連の一人として花蓮には気に入られていて『パパ』と呼ばれているのだが、そこに深い意味などない。彼のことを元亭主だとは全く認識していないのだ。北川はふたりの関係についての昔の話を何度も持ち出したのだが、途端に花蓮の意識は飛んでしまい一切記憶に残らないのだという。今では諦めの心境となりながらもなかなか離れらずにいる。そのくせ、彼には他に女が二人いるのだ……もちろん、そのことを責めるつもりも話す気もなかったが。
やはり、花蓮の脳が過去を拒絶しているということなのだろうか。
出江教授は付け加えた。
「このまま放っておくと、おそらく花蓮さんはゼロ歳に戻ったあたりで命を失う危険性がありますねえ……」
そんな馬鹿な。
「治療することはできるんですか」
「うーん。難しいですネ。ただきっかけとなった事故と同等の何らかの衝撃が脳に加えられた場合、脳の自衛装置が外れて元に戻る可能性というのが、わずかながらあるますね。ただし、その衝撃に耐えきれずにショック死する可能性もまた十分考えられる」
「あの、カオリは、カオリさんの方は?」チャンゴが恐る恐る口を開いた。
「ああ、そちらの方はあまり心配はないですね。お婆様の魂がいつまでも乗り移ったままということはたぶんありませんよ。ただ、だからといって自分の心を取り戻すのが、いったいいつ、どんなきっかけに寄るのかはなんとも……いずれにしても本人達に直接会って、診てみないことには何とも言えませんね」
「そうですか。安心しましたけど……複雑な気持ちです」チャンゴは肩を落とした。
出江教授にお礼を言って俺たちは△△大学病院をあとにした。
帰りのタクシーの中でゆい吉先生が言った。
「心と身体というモノは真に不思議な関係で成り立っているようですネ」
「そうですね。本当に不思議です」俺は素直な気持ちで答えた。
「どうです、これから少し付き合っていただけませんか。心と身体の神秘をちょっと体験してみませんか」
おや。ひょっとしてあの女装クラブだろうか?
「ええ、先生がおっしゃるなら。チャンゴもいいだろう」
「いいですよ。今夜は何もすることはないですから」
「じゃあ、決まりだね」
ゆい吉先生は繁華街の方へと運転手を促した。
着いたのは女装クラブではなかった。いわゆる身も心も女性に変身された方々が出迎えるニューハーフの店だった。
重低音の音楽が響き渡り正面の小さなステージではトップレス姿のニューハーフが3人で踊っていた。客の入りは8割程度といったところか。
黒服に案内されてボックス席に着くと、ママがあいさつにやって来た。
「いらっしゃいませ、センセ。ごゆっくりしていってくださいネ」
身長は180センチほどもあるグラマーな女性(?)だった。胸が突き出ていてのど仏も出ていた。 マリアンヌさんという40代の綺麗な人だった。チャンゴは店の雰囲気に圧倒されたのか、おどおどした感じを隠せなかった。
しばらくすると、若いミニドレスの女の子(?)が3人でやってきた。
「エミリーでえす」
「ユウでーす」
「マイちゃんでェす」
それぞれ個性的ではあるが、そこそこ可愛らしい子たちだった。
ユウという子が俺の隣りについた。席に着くなり俺を見て笑顔で言った。
「あなたが噂の狂死狼さんですネ」
「え? なんで俺の名前を」
「パパからよく聞いていたのよ。うわさ通りね。割とタイプだわ」そういってユウさんはゆい吉先生を見た。
「え? ええ。ひょっとして君は」
「うフフフ」
ゆい吉先生はにやりとして言った。
「心と身体というのは不思議なものですよ。ユウキもあれからすっかり良くなりました。カミングアウトされたのは複雑だったですけどね」
「うん。ありがとうパパ。今年中に手術を受けようと思うの。ちゃんとした女の子になりたいから」
「うん、まあ。ユウキがそれでいいなら……」ゆい吉先生は一瞬複雑な顔になったが、すぐにエミリーさんと楽しそうな会話を始めた。
胸にはパッドを入れているのだろうか。固い胸が印象に残った。
ユウさんは俺の腕をしっかりつかんで離さなかった。
続く。




