第7章 さまよえる者たち 12
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(2) 交差する女 その1
俺は惹き寄せられるかのように花蓮と男のあとをつけた。チャンゴは俺の行動を不審に思いながらも離れることなくついて来た。表通りからは少し裏道入ったところに入口があるラブホテルへ二人は吸い込まれていった。俺とチャンゴはひとつ離れた交差点の陰からそれを見ていた。花蓮はおそらく売春婦をしているようだ。
俺は陳さんと張っていたあの時のようにチャンゴとこのままホテルに入り、花蓮たちの部屋の様子を盗聴したい欲望にかられた。だが、それを行動に移す訳にはいかない。今は仕事でもなければ誰に依頼された訳でもない。ましてチャンゴは部外者だ。そんなくだらないことに付き合わせる訳にはいかない。さあどうしたものか。
「あの女の人、知ってるヒト?」チャンゴが訊いて来た。
「ああ。うん。ちょっとした知りあいなんだ。まさかこんな所で出くわすとは」
「やっぱりモテるよね。うらやましい。でも、あんな遊んでるのはやめた方がいいよ。優香ちゃんもいるくせにさあ」
「いや本当にそんなんじゃないんだ。ただ、不思議な縁というか、気になるヒトではあるんだ。でもまさかこんなところで見かけるとは」
「なんだか慣れた感じだよね。いつもここであんなことをしてるんじゃないのかなあ」
「うん。まあそうかもな……見るんじゃなかったな」
俺たちは諦めて帰るか、それとももう一軒飲み直すかを決めかねていた。しばらくぐすぐすしていたのは、やはり花蓮のことが気になったからだ。
といっても、夜のこんなはずれにいつまでも立ち止まってはいられない。彼女のことは諦めてふたたび繁華街の中心へと歩きだした。その時だ。
花蓮が入ったホテルヘと向かうもうひと組の男女が現れた。中年の禿げた親父にぴたりと寄り添っている女。見間違いようもない。カオリだった。俺たちは顔を見合わせた。二人はそのままホテルへと消えていった。
チャンゴはまさしく顔面蒼白としか言いようのない表情で固まっていた。
「ちょ、狂さん、あ、あれあれ。あれてば……」口が回っていないのは酔いのせいだけではないようだった。
「わかってる。間違いない、カオリだ」
「ど、どど、どしたらいいの」チャンゴは挙動不審の塊と化していた。
「よしわかった。入るぞ。お前は俺の腕をつかんでピタッとくっついて顔を隠せ」
「え? ええー。ちょ、ちょっと」
つい先日、陳さんがやった通りに俺たちはホテルに入った。チップを弾み、カオリ達のとなりの部屋を頼んだ。たまたまそれは先に入った花蓮たちの部屋の隣りでもあった。つまり、俺たちは目的のカップル2組に挟まれるという絶好のチャンスを得たのだった。盗聴器などは持ち合わせていないため、部屋に置いてあったガラスのコップを壁に押し当て聞き耳を立てた。すると、カオリたちの声と反対側の壁からは花蓮たちのたちの話し声が聞こえてきたのだ。なんとも薄い安普請の壁だった。
だけど、これはチャンスなのか? ラッキーなことなのだろうか。お互い地獄を見るためにここに来たようなものだ。俺にとっては別れた女、今気になる女だ。チャンゴにとっては最愛の女……わざわざ地獄めぐりをする必要はあったのだろうか。
そんなことを考えたところでしょうがない。とにかくカオリの消息をつかみたいし、ここで途絶えさせたくもない。花蓮にしても、俺はその素性をどうしても知りたいと強く思った。そういう意味では絶好のチャンスであり、しかし間違いなく絶望を呼び起こす地獄でもあった。
それは両方の部屋から漏れ聞こえる男女の営みの音が始まると、やがて俺とチャンゴの全身を包み込んでいった。
続く。




