第7章 さまよえる者たち 10
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 消えた女 その10
依然としてカオリの行方は解らないままだった。仕事の合間を盗んでは彼女がこれまでに足を運んだと思われるところをしらみつぶしに行ってみた。引き上げたアパートの部屋には、今は若い男が住みついていたし、勤めていた図書館には新しい司書が勤務していた。あのポマードも元気に、いやそうでもない。陰気な顔で働いていた。俺は奴と顔を合わさないように注意した。
カオリとの思い出の場所は全て網羅してみたが、どこにも足跡は残されていなかった。いったいどこでどうしているのか。どんな暮らしをしているのだろうか。気になって仕方がなかった。
優香もあれ以来、カオリを見かけることはなかった。執拗に俺がカオリを探し続けていることについて快く思っていないようだった。まあそれは当然だろう。かといって、諦める訳にはいかなかった。俺のせいでカオリはこんなにも不幸な目に……そんな贖罪の思いが日に日に強くなっていった。
だからといって俺は優香のことをおろそかにはしていないつもりだ。いや、
ただのつもりだったのだ……。
花蓮のこともいつも頭の片隅にあった。たった一度バーで話しただけの女だったが、偶然、仕事の最中あろうことか元旦那との逢瀬に遭遇してしまった。あれ以来、彼女のことを思わない日もなかった。つまり俺は、優香という最愛の共犯者と同居しながら、過去の女(=殺した男の娘)さらには奇妙な行きずりの女のことばかりを考えていたのだ。我ながら恐ろしいことだと思う。
人間の心の闇というものはどこまでも深くて底が知れない。だからこの世に犯罪が無くなることはないのだ。無差別殺人の犯人だって、自分たちとなんら変わらない普通のただの人間なのだ。なのに心の奥の深い闇が突然、自制心を全部奪ってしまう、ということかもしれない……。
チャンゴが△△市に舞い戻ってきたのは、安田記念前日アーモンドアイとダノンプレミアムが一騎打ちとの話題で持ちきりの土曜日だった。つまり今日の午後のことだ。
奴から連絡を受けた俺は、駅前のコーヒーショップで待った。
「よう。元気だったかい? またずいぶんと焼けたな」俺は真っ黒な顔のチャンゴを見て素直に口にした。
「まあね。昨日まで道路工事の仕事にかり出されて、ようやく終わったところだよ」
「そうか。じゃあ、またあっち(○○市)にもどるのか?」俺がそう訊くと、チャンゴは首を横に振った。
「あの部屋は引き払ったよ。もう戻らない。カオリさんが見つかって、一緒に戻るとか言うなら話は別だけど……」そう言ったチャンゴの目にはある覚悟が芽生えていると感じた。それほどにお前はカオリのことを……そう言おうとして止めた。そんなことは言うまでもないことだからだ。
「こっちで住む場所はあるのか」
「前のアパート、実はそのままにしてあるんだ」
「そうか。なら頑張れ。俺も手伝うよ」
「うん、そうする。でも、彼女まだこの街にいるんだろうか」
「んー。それは解らないけど、でもたぶんここ以外に居場所はないんじゃないかな、きっと彼女」
「ですよね。でも……いったいどこに」
「うーん。いろいろ探してはみたんだ。まあでも△△市も広いから。二人で協力して探せばきっと」
「そう……ですよね」チャンゴはしんみりとうつ向いた。
「大丈夫だって。俺が保証するから」
「はい。よろしくお願いします」
チャンゴは素直に頭を下げた。俺は何だか妙な気持ちだ。でもこれでいい。今はただお互いの幸せを祈ろう。
その日の晩、俺とチャンゴはまたしても歓楽街へと足を運び、アルコールをこれでもかというほど摂取する羽目になった。
流されるように歩きついた三軒目だっただろうか。△△市最大の繁華街の、たぶん一番外れに位置する店だった。酔ったいい気分で俺たちはフラフラと路地を歩いていた。
「おい、ちょっと待て。あれ、あの女どこかで見たような」俺はむこう側の交差点の角に立つ女を見た。
「またまたあ、狂さんてば。どんな女だって見覚えがあるって言うタイプなんでそ」ろれつが回らない口でチャンゴが言った。
「あ。やっぱり花蓮……」
花蓮は酔っ払いと見受けられる中年の男に声を掛けられていた。何やら交渉めいたやり取りをした後、ほどなくして二人は腕を組んでホテルのある方向へと歩いて行った。
俺は一瞬で酔いが覚める思いだった。
続く。




