第7章 さまよえる者たち 7
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券はいまいちだが、共犯者優香とのあらたなるサバイバルの日々を綴ってゆく」
(1) 消えた女 その7
俺は花蓮の姿にくぎ付けとなった。
こんな場面ででくわすとは、運命を呪うしかない。若々しく派手めの衣装を身につけた花蓮は満面の笑みを浮かべて北川に寄り沿った。
「待った?」「いや、来たばかりだよ」その姿は何度も逢瀬を重ねた男女のそれだった。花蓮は北川の腕を取り彼の肩に頭を傾けた。嬉しそうな表情だ。
「じゃあ、パパ行きましょ」
確かにそう言った。パパとはいったい?
さすがに親子にしては歳が近過ぎる。かといって恋人や夫婦にしては少し離れている感じだ。パパというのは今流行りのアレか。昔でいうところの愛人契約か……。二人は腕を組んで目の前のホテルへと消えていった。
陳さんはそれを見て顔をしかめた。ちっと舌打ちをした。なぜ舌打ちなのか俺には意味がわからなかった。我々にしたら絶好のチャンス到来ではないか。待ちに待った北川のスキャンダルが目の前で繰り広げられたのだ。ラッキー以外の何物でもないはずだ。俺にはその相手が花蓮だということが意外過ぎることだったが、それはそれで仕方がないことだし私情を挟むつもりもない。そもそも私情を挟むほどの関係でもない。
それでも陳さんは、シャッター音がしない暗がりでも写る高感度のカメラでしっかりと二人を撮った。そして言った。
「よし、入るぞ」
「え?」言っている意味が俺にはわからなかった。
「いいから、入るぞ。お前は恋人のふりをしろ」
「ええ? いったい何を言ってるんですか」
「お前は馬鹿か。何のために二人で尾行してると思ってんだ」
「いや、それは見失わない様に協力して……え。まさか?」嫌な予感が頭をよぎった。
「このまま二人が出て来るのを待つつもりか。いかに暑い日が続いてるからといっても、この夜中にそんな暇なことができるか」
「あ、あう。やっぱり」
俺は陳さんに引きずり込まれるようにホテルへと入っていった。
男二人でラブホテルに入ることがこれほど恥ずかしいとは……火が噴き出るようなめまいを感じながら俺は陳さんの横に寄りそって沈黙していた。
「今来たアベックね、ワタシ達の仲間なのヨ。言わなくてもわかるでしょ。うふん。隣りのお部屋空いてるかしら?」陳さんは女っぽくそういった。
いつの間にか陳さんの唇は赤く塗られていた。この人はいったい? オカマの演技が妙に悦に入っている。俺はおかしな、ある種の恐怖を覚えるのだった。
「あ、そうでございましたか。では、ご用意いたします。2階の……206号室でよろしいでしょうか?」
「はあ」
「さきほど入ったワタシの仲間、花蓮チャンとマサやんが207号ね」
俺はその言葉を聞いて飛び上がりそうになった。陳さんは花蓮のことを知っているのだろうか?
「いえ、206です」
「あら、そう。ありがとネ」陳さんは受付の中年に投げキッスをした。俺はこの人は本当にそういうヒトなのかと思わず疑った。だが抜け目がない。しっかりと花蓮たちの部屋を確認したのだった。
部屋の中は、ごく普通の連れ込みホテルだった。ベッドがどかんと部屋の中心に鎮座し、鏡張りの浴室に洗面所とトイレ、小さなテーブルとソファにテレビ。カラオケ装置もついていた。陳さんはさっそく206号室側に陣取り、盗聴装置を壁に仕掛けた。隣りの部屋の話し声がバッチリと聞こえるヤツだ。じっと耳を凝らして隣りを窺いながら録音機のスイッチを押した。
ああ、これが探偵の仕事というやつか。他人の秘密を暴くというのは妙に心が騒ぐものだ。ただし、こういった部屋に中年男が二人でいることについては嫌悪しか湧かなかった。
「花蓮のこと知っていたんですか」
ダブルベッドの上で耳をダンボのようにして盗聴している陳さんに訊いた。
「ああ。北川の別れた元妻だからね」
「え?」
「こうして隠れて元夫婦が密かに逢っているなんて、美談にはなってもスキャンダルとは言い難いよな」
だからさっき陳さんは舌打ちをしたのか。それにしても別れた二人がなぜ人目を忍んでこんなところで。そんなにお互い未練があるのなら、復縁でもしたらいいものを。
「どんな様子ですか」俺は陳さんに訊いた。
「イヤ何も。男と女がやるべきことをただやっているだけだ。可哀そうにな。こんなところでしか会えない事情には同情するよ」
陳さんは深いため息をついた。
俺にはいったい何が何だかさっぱりだった。いつものごとくではあったが……
続く




